9.怪しいヤツら
承太郎が探していた『弓』と『矢』。仗助たちの奮戦も空しくそれは新たに現れたスタンド『レッド・ホット・チリパッパー』と名乗るスタンドに奪われてしまった。

「早いとこ、この弓と矢を破壊しなくてはならないぜ。DIO以上の悪党で、『世界』以上のスタンド能力を持つ者が現れる前にな…!」



____十年前の死闘

それは承太郎にとって失ったものが多すぎる戦いだった。
ポケットから古びた所々黄色く変色している写真を取り出して見つめる。そこに映るのは五人と一匹。


二度と会うことは叶わぬ仲間たちを見て、承太郎は改めて決意を固めるのだった。

◇◇◇
名前は悩んでいた。それと同時にかなりの精神的ショックを受けて今は自室のベッドに突っ伏していた。そして自分のコントロールできない気持ちにいらだちを隠せなかった。

「まさか結婚していたなんて…」

名前の悩みの種は空条承太郎のことだった。
正確にはすでに離婚しており×がついているらしいが。仗助君より聞かされた衝撃的な事実に昨日どうやって家に帰ってきたのかよく覚えていない。

そして奇しくもその事実が告げられたことによって自分の気持ちに気が付いてしまった。


____あの空条承太郎に恋してしまったことに


「あぁ〜!なんでよりによって承太郎さん!?」

相手は自分より10以上年の離れた大人の男である。自分のような小娘相手にされるわけがないのに。
しかも聞くところによれば子供はいないものの、つい最近離婚したばかりという話ではないか。ダブルで相手にされないだろう。
だがそれもこれも全ては承太郎が悪いのだ。まさか、まさかあんなことを…

承太郎とキスしてしまった感触は今でも唇に残っている。思い出すたびに顔が赤く染まる。
奥さんがいた承太郎にとっては大した行為ではないのかもしれないが、花も恥じらう女子高生からしてみれば大事だ。何て言ったって彼は私のファーストキスをあっさりと奪っていったのだから。
だが昨日あの後承太郎からそのことについて特に触れられることもなく、何事もないようにいつも通りに彼のホテルを後にした。

それはあんまりなのではないか。人のファーストキスをあっさりと奪っておいて。せめてもう少しリアクションをとってくれないと本当に眼中にないみたいで切ない気持ちになるではないか。

いや、実際眼中にないのだろうが。



この気持ちは封印しよう。自分の身の丈にあった恋をしよう。
そう思おうとするがそれでこの気持ちが消えたら苦労はしない。


悶々とした気持ちを抱えつつそろそろ学校に行く支度をしなければとベッドを降りた処でチャイムがなる。

「はーい」

扉を開けた先にいたのは仗助と、

「お、億泰君!?」

何故彼がここにいるのか分からず二人を交互にみやる。

「よお!今日からお前らと同じ学校に通うことになったから!よろしくな、名前!」

昨日あれだけやり合ったにも関わらずそれを感じさせない彼の態度に思わずため息が漏れる。
それは仗助君も同じだったようで朝に強い彼にしてはえらくお疲れ気味だ。
私たちはお互い顔を見合わせてため息をつくのだった。

◇◇◇

三人で学校に向かう途中、道端で康一が誰かに絡まれているのを見つける。

「おい、あそこにいるのは康一って奴じゃあないのか?」

「ああ。ありゃあ確かに康一だな。あいつ結構ガラの悪い奴と付き合い多いよなぁ〜。」

「それ自分で言っちゃうの?」

「おい名前、それって俺がガラ悪いって言ってんのかぁ?」

「どう見たってガラの悪い高校生じゃん。」

「んだとぉ〜!」

友達同士が戯れるように仗助は名前の首に自らの腕を回して首を絞めようとしてくる。最もそれには全く力は籠っていない。

「あはははっ!ごめんごめん、仗助!」

「ったくよぉ!」

それをジィっと見ていた億泰が恐る恐ると言ったように声を発する。

「な、なぁ、おめえらってよ…。その、コイビトドウシ、なのか?」

億泰の言葉を聞いた二人は一瞬キョトンとし、同時に笑い始める。

「私と仗助が!?ないない!それはないって!ねぇ、仗助」

「億泰の勘違いはとんでもねぇ所を突いてくるなぁ。」

「そ、そうなのか…。そんなもんなのか…。」

相変わらず爆笑している名前には気が付けなかった。仗助の目が笑っていないことに。
億泰はそんな仗助に違和感を感じたが、知り合ったばかりの自分が介入するのもどうかと思い特に何も言うことはなかった。


「ご、五十万!?!?」

だがそんな雰囲気を打ち壊すような康一の叫び声が聞こえてくる。

「なんか揉めてるみたいだよ。大丈夫かな、康一君。」

「しゃあねぇな〜。助けてやるとするか。」

ズンズンと先に進む仗助の背中について進む。

「大人が高校生にたからないでくださ〜い。働いて稼げよ。」

かなり皮肉めいているが、自分より年上の人間にも物おじせずに言う仗助を素直に尊敬する。
様子のおかしい康一を見るとその胸には何か大きい錠前のようなものがついていた。

「康一君!なにその、錠前みたいなのは。」

「これはよぉ、マジにとれないぜ!」

良く分からないものに警戒することもなく触れる億泰に驚きの声を発する。

「ちょ…っ!億泰君!何のスタンドかも分からないのに…」

「だってよぉ、これどうなってんだ?康一から生えてるぜ。」

「ヒヒヒ、これをとってもらいたきゃあなぁ。五十万!耳そろえてもってきなぁ!」

過程は知らないが理不尽なことを言う男に苛立ちを覚える。

「ちょっと、おじさん。それは理不尽だし意味が分からないんですけど。なんで康一君が五十万なんて払わなきゃいけないんですか。」

「おっとお嬢ちゃん。おじさんじゃあないなぁ、お に い さ ん。おわかり?」

ズイと顔を近づけてきた男に嫌悪を感じる。その様子を察した仗助が名前を後ろに引いて男との間に入る。

「あの袋に入った康一君が自転車で轢いてしまった可哀想な子猫の命を考えりゃあ五十万なんてたいした額じゃあないだろお?優しい俺が手厚く供養してやるって言ってんだ。」

男が指刺した方を見ると麻袋からおびただしい程の血液が流れ出ている。

「え…?あれに、猫が?」

その様子だけ見れば猫が袋の中でどのような状態になっているのかは考えなくても分かるだろう。信じられない気持ちで康一君を見る。

「ぼ…僕じゃない!コイツが道路の真ん中ににあの袋を置いたんだ!角を曲がった所だったから、避けようもなかった…っ」

恐らくこの男は初めから康一君を揺するためにすべて用意してきたのだろう。康一君を傷つけ、あまつさえそれを理由に金を要求し、小さな命を弄んだ男に対してフツフツと怒りが湧き上がる。

「お、おい!名前っ」

静止する仗助を押しやり男の頬に渾身の平手を叩き込む。
すると男はいかにもなオーバーアクションで悲鳴を上げながら横に吹っ飛んでしまった。男は地面に頭を打ちそこから血を流している。

「え?!」

驚きの声を上げた私をジィっと見やり男は涙さえ浮かべて悲痛な面持ちで訴えてくる。

「ひ、ひでえよ…。何もそんなに強くブツことはねぇじゃんかよ…。見ろよ…頭打っちまった。こんなに血が出てるじゃねぇかよぉ…。」

メソメソと泣く男に自分は男が倒れるほど強く打ってしまったのかと狼藉する。

「え…、ちょ…。私、そんなに強くはたいた…?」

「おいてめぇ!せこい演技してんじゃねぇぞ!コイツがそんなに力強い訳ねぇだろ!!」

億泰君が私を庇うように男を責め立てる。だがそれに怯むこともなく男は未だメソメソと泣き続ける。

「俺はよぉ…。足が悪くてで踏ん張りが利かないんだよぉ…。なのに思い切りぶったたきやがってよぉ…。」

男の言うことが本当だと思っている訳ではない。だがその言葉の真意はともかく私に『罪悪感』を植え付けるには十分だった。

「駄目だ!名前さんっ。そいつに『罪悪感』を感じちゃ駄目だ!!」

だが次の瞬間には私の胸に康一君と同じ錠前がかかる。

「きゃあっ!!」

そのあまりの重さに立っていることができずその場に倒れ込む。

「名前!!オイ大丈夫か!」

億泰君が後ろから私を支えてくれるがとてもじゃないが立つことはできない。

「フッフッフッ。その『錠前』はなぁ。お前たちの『罪悪感』に応じてどんどんでかくなる。たぁ〜ぷり絞りとってやるぜぇ!」

「なぁオイ。康一が轢いたとか言う猫ってのはよぉ、コレのことか?」

いつの間にか少し離れた場所にある血だらけの麻袋の中を漁っている仗助。その中から現れた「ニャーン」と鳴く壊れかけた猫のぬいぐるみを仗助は取り出す。

「なんか蟻が集まっているから変だなぁって思ったらよ、コレってケチャップか?」

一体どういうことか。つまり康一君は初めから猫を轢いたりしていなかったということか。
仗助は男の前に座り込むと自分のスタンド能力を発動させる。

「もう治っているぜ。」

「え」

今度は男が驚愕する番だった。訳が分からないと言ったように怪我をしたはずの頭をぺたぺたと触っている。その瞬間私と康一君を縛っていた錠前がはじけて消えた。

「き…消えた。」

男は仗助の能力を前に勝ち目がないと悟ったのか、慌てて康一君から奪ったお金を置いてその場から走り去っていった。