8.動き出す、それぞれの気持ち
(この辺りに公衆電話はない…。私の家は少し離れている。一番近いのは、)

承太郎さんに電話をするに当たり一番に目をつけたのは、仗助君の家だった。
幸いなことに仗助君の母、東方朋子さんは庭にいた。

「仗助君のお母さーん!!」

全力で走りながら大声を上げる。

「え?あら、あなたは確か…仗助の、」

全速力で走ってきた私に朋子さんはかなり驚いているようだが、私のことは覚えてくれていたようですぐに何かあったのかと心配してくれた。

「あ、あの…電話を…」

大通りの方をキョロキョロと落ち着きなく見る。その時、不意に目に入ってきた車。その今まさに出発しようとしている車に見覚えがあることに気が付く。

(あの車…どこかで…。あ!!)

「あ、あの!あの車の中に乗っている人!見ましたか!?」

私の必死の形相に朋子さんも気圧されたのかすぐに頷いてくれる。

「今さっきまでウチに来ていたから。なんでも仗助に用事があったらしいんだけどいないと分かったらすぐに帰っていったわ。白いコートと帽子を被った背の高い男よ。」

間違いない、承太郎さんだ。慌てて私はその車を追う。車はすでに出発してしまっていた。

「あ、あの!ありがとうございました!!」

その車を追うように必死に走る。

「……なんだったのかしら、一体?」



◇◇◇

私は恐らく今まさに人生の中で一番走っていた。目標は目の前の青い車だ。

「承太郎さーん!!とまってぇ!!!」

私の声も空しく車はどんどん加速して先へと行ってしまう。それでもあきらめずに車を追い続ける。

「とまれーー!!そこの青い車!!!」

制服のスカートが翻るのも気にせず全力で走りながら叫び声を上げる名前は相当目立ち、周りを歩く人間は奇異の目で彼女を見る。

「ま、まって…!!」

息も絶え絶えになり走るスピードも徐々に落ちてくる。




このままでは、行ってしまう


仗助君を、康一君を助けられない






だが無常にも車は走り去っていってしまった。
もはや見えない車を重くなった足で追い続ける。疲労で上がらなくなった足が地面の段差に足をとられて躓いてしまう。

「あっ!!」

___ベシャァ!
地面に躓いて転んだ名前はもはや見えなくなってしまった車に絶望する。

(__ああ、私は友達一人、救うことができないのだ)

ポツポツと目から溢れるものが地面を濡らす。

「承太郎さん…っ!」

「なんだ?」

突然上から聞こえた声に顔を上げる。

「じょ、承太郎さんっ!!」

何がなんだか分からないがどうやら彼は私の存在に気が付いて引き返してきてくれたらしい。
嬉しさのあまりこけたときに擦りむいた傷の痛みも忘れて彼の逞しい腹に飛びつく。

「やれやれ…、一体何事だ?」

そうだ。彼に無事に会えたことを喜んでいる暇はない。

「じょ、仗助君と康一君が…!酷いけがで…!スタンド使いが…、仗助君が戦っていて…!」

「おい、少し落ち着いて話せ。何を言っているのか訳が分からん。とりあえず場所を移動するぞ。」

承太郎は名前の手を引っ張りいつの間にか横づけしてあった車の助手席へ誘導する。また承太郎自身も運転席へと座った。

「で、仗助がスタンド使いと戦っているのか?」

「そう、そうです!康一君が、矢で射られて酷い怪我を…!」

「『矢』、だと?」

「はい、たぶん私を射った男と同じです…。早く、承太郎さん、助けて下さい…っ!」

置いてきた仗助と康一を思い浮かべて再びパニックに陥る名前。その目の焦点は合っておらず、とても話ができる状態ではないことを承太郎は悟る。

(これは、落ち着くには少し時間がかかるな。だがそれをゆっくり待っている暇はないぜ…)

そんな彼女を落ち着けるように承太郎は突然の行動をする。
それは本当に一瞬のことだった。だが承太郎は確かに名前の唇へと口づけた。

「……え?」

突然唇に感じた柔らかい感触に放心する名前。だがそこに先ほどまでの焦燥は感じられず、確かに承太郎と目を合わせることができていた。

「落ち着いたか?さあ仗助たちはどこだ。助けに行くぜ。」



◇◇◇

先ほどとは打って変わって落ち着いて道案内ができた。
件の家が見えてきた所で承太郎の車から降りて門の前に立つ。そこには変わらずおびただしい程の康一の血液が付着していた。
だがそれよりも驚いたのは二階の部分だ。

「か、壁がなくなってる…」

「どうやらかなり派手に暴れているらしいな。」

承太郎を先頭に門を開いて玄関へ向かおうとした所、

___バチバチ
聞きなれない音が上から聞こえてくる。
いち早くそれに気が付いた承太郎が上を見上げる。それを見た名前もつられて上を見上げてしまう。

「おい名前!見るなっ」

承太郎が声をかけたときには遅かった。バチバチと音を立てていたのは千切れた電線。
そこに絡まるようにして誰かがぶら下がっている。黒焦げでもはや判別はほとんど不可能だがその特徴的な髪型で誰なのか一瞬で理解する。


「ぁ…おくやすくんの、おにいさっ!」

言いかけた所で承太郎の胸の中に引き寄せられる。
あれはナニ?確かにさっきまでは生きていて、話をしていたはずなのに。今は物言わぬ骸となっている。しかもどのような殺され方をしたのか。その表情は苦痛に歪んでいた。

「じょ、承太郎さっ!あれは…あれはなに?し、死んでいるの…?」

「……………。」

承太郎は何も答えなかった。代わりに彼女の背中に回した腕に少し力を込める。

「な、なんで…、」

何故か涙が溢れて止まらなかった。









どの位そうしていたか。聞きなれた声が玄関の方から聞こえてくる。その声色は若干固い。

「億泰君…、大丈夫かな?お兄さんがまさかあんな…。」

「……わからねぇ、……ってあれ?承太郎さん…?」

聞こえてきた仗助君と康一君の声にホッと肩を撫でおろす。

(良かった。二人とも無事だったんだ。)

「仗助、それに康一君か。」

「あれ?承太郎さん、そこにいるのって…まさか名前さん?」

承太郎さんに抱きしめられたままだった私はそっと彼から離れて二人へ向き直る。

「仗助君…康一君…良かった、二人とも、無事、で…」

「名前っ!!」

彼女のグラリと揺れた身体を受け止めようと仗助が走り寄る。だがそれよりも早く彼女の横にいた承太郎は彼女を抱きとめた。

「っと…。気を失ったか。無理もないな。ずっと気を張っていたようだからな。」

そう言うと承太郎は彼女の膝裏と背中に手を差し入れて抱き上げる。

「………承太郎さん、名前は俺が連れて帰りますよ。」

何故か突然機嫌が悪くなった仗助に疑問を浮かべた康一だが、彼の険しい表情を見て何も言うことはできなかった。

「いや。目を覚ますまで俺の泊まっているホテルで介抱する。この状態で彼女の家に行ってみろ。彼女の両親は飛び上がるぜ。」

「だったら俺の家でも…」

「駄目だ。どうやって母親に説明するつもりだ?」

承太郎の厳しい言葉に仗助は納得がいかないというかのように食い下がる。

「仗助君、何をそんなにムキになっているのさ。らしくない。承太郎さんに任せておけば安心だよ。」

康一の言葉を聞き仗助は彼を睨みつける。

「何が『安心』なんだよ!承太郎さんだって男なんだぜ!もし名前に何かあったらどうすんだよっ!」

そこまで叫んでから仗助はハッとする。自分は何をそんなにムキになっているのか。
この正義の塊のような男、空条承太郎がまさか気絶した女の寝込みを襲うなど卑怯な真似をするとは仗助だって思っていない。
だが彼女、名前が承太郎の胸の中で抱きしめられているのを見た瞬間、頭に血が上って何も考えられなくなってしまった。半ば八つ当たりのように承太郎を罵ってしまったことを仗助は謝罪する。

「す、すみません…。俺、こんなこと言うつもりじゃ…。」

「いや。戦いが終わったばかりで気が立っているんだろう。気にするな。それに名前が心配なら仗助、お前もホテルに来るといい。」

「え?」

「何があったかお前に聞く必要があるからな。康一君、君もだ。最も君は大けがをして回復したばかりだ。無理にとは言わないが。」

「い、いえ!行きます!協力させてください!」

康一はすでに助手席に案内されて車に乗っている。仗助はと言うと未だに迷っているようだった。

「どうした、仗助。さっさと乗れ。」

「あ、あの、承太郎さん、俺…。すみませんでした。失礼なこと言って…。アンタは名前のこと考えて言っていたのに。」

再び仗助の謝罪を聞いた承太郎はハァとため息をつく。

「仗助。てめぇが何で突然キレたのかなんとなく分かっているが、安心しろ。
俺にはすでに妻がいる。……いや、いた、というのが正しいか。
すでに三下半突きつけられているからな。今女とどうこうという気はさすがの俺にもねぇ。」

衝撃の承太郎の告白に先ほどまで自分を睨んでいた鋭い目つきはどこへいってしまったのか。キョトンと年相応に目を丸くした仗助は承太郎から名前を渡される。

「わわっ!ちょ…!承太郎さん!」

「後ろの座席でしっかり守ってやんな。」

そう言った承太郎は運転席へ回ってしまう。
座席に座った仗助は名前の頭を自分の膝に乗せて優しく寝かせる。ふと彼女のスカートから伸びる足が目に入る。変態的な意味ではない。正確には膝頭。どこかで転んだのか大きく擦りむけて血が流れていた。
恐らく承太郎を呼びに行くときに必死になりすぎて転んだのだろう。無意識のうちにクレイジー・ダイヤモンドでそこを治す。

まるでそこには始めから傷などなかったかのように綺麗に治った。
そして彼女の泣きはらした顔を見て仗助はいままで感じたことのない気持ちに気が付く。


_____彼女を泣かせたくない、強くそう思った。