starry heavens | ナノ

「ホント、アタシったらどうしちゃったのかしら。急に熱が出て気を失うなんて。」

解熱剤が少し効いてきたのか先ほどよりは幾分顔色が良くなった彼女を、心配そうに甲斐甲斐しく世話を焼くのはジョセフだ。
承太郎はと言えばそれを興味なさそうに見ているだけだったが、決してその場を離れようとはしなかった。

「…そう言えば名前ちゃんは大丈夫だったかしら?一緒にご飯作っているときに倒れちゃったから…。」
その名前を聞いた途端承太郎はピクリと身体を揺らす。

「……?どうしたの?承太郎。」
息子の様子を怪訝に思ったホリィが尋ねる。

「承太郎。そういえばお前、しっかりと名前に謝ったんだろうな?」
ジョセフの言葉に更に疑問符を浮かべるのはホリィだ。

「………。」
帽子の鍔を下げて何も答えない承太郎を見たジョセフはハァとため息をつく。

「承太郎、レディの胸倉を掴んでおいてなぁ、それも自分の勘違いで。謝罪もせずにいるのはどうかと思うぞ。」

「…ちっ」
己の父と息子のやり取りを見たホリィは何となくその状況を察する。

「承太郎。あなたまさか、私が倒れたのを名前ちゃんのせいだと勘違いしたんじゃあ…?」

「………。」
答えない承太郎だが、そこは17年間自分が育ててきた息子だ。その無言が肯定を現していることはよくわかった。

「……承太郎。あなたはとても優しい子、私はそう思っているわ。だから、自分が名前ちゃんにどれ程酷なことをしてしまったのか、あなたが一番よくわかっているでしょう。
彼女の記憶、あなたもおじいちゃんの力で見たでしょう。

この世界で右も左も分からない彼女にとって、あなたは唯一の存在なのよ____」



承太郎は何も反応しなかった。その代わりにゆっくりとした足取りで部屋を後にしたのだった。

「待て…!承太郎っ」

「パパ。大丈夫よ。」
承太郎を呼び止めようとしたジョセフを声で制するホリィ。

「承太郎と名前ちゃんなら、大丈夫。」










____同刻

未来のジョセフさんに聞いた通りの状況になってしまった。これからきっと承太郎さんたちは『DIO』を倒しにエジプトへ向かうのだろう。

_____では私は?

ホリィさんを助けたい。その気持ちはとても強い。彼女には返しきれない多大な恩がある。
だが、この旅に私が同行して果たして意味があるのか?足手まといではないのか?
正直彼らと共に同行する気にはなれなかった。
私が未来の人間だからということもあるのかもしれないが、出会った頃から感じていた疎外感。そして先ほどの承太郎さんの鬼のような表情。

好きな人にあのような顔をされて平気な顔をしていられるほど、私の神経は図太くなかった。

それに過程は知らないが結果は知っている。最終的に『DIO』は倒される。そしてホリィさんは救われるのだ。



______今の承太郎さんに、私は必要ない

自分の存在価値を見出せない。
唯一優しく微笑んでくれていた彼女は病床に臥せってしまった。

これからどうすればいいのか分からなかった。




「____おい」

後ろからかかった低い声にビクリと身を竦ませる。
恐る恐る後ろを振り向くとそこには予想通り承太郎さんがいた。

「な…な、んですか…、」
マズイ、声がうまく出ない。
思っていたより先ほどの彼の行動が堪えたらしい。自分でもわかる程その声からは恐怖がにじみ出ている。人のことをよく見ている彼にはすぐにばれるだろう。
今すぐに彼の前から逃げ出したかった。
また再び先ほどのような表情をされたら、今度こそ冷静でいられる自信はない。
彼の顔を見れず床をじっと見つめていると、上から降ってきた声は予想外のものだった。

「…さっきは、悪かった。」
意外すぎるその言葉に渡すは思わず30センチ上方の彼を身上げる。

「え…?」

「女に掴みかかるなんてどうかしてた。テメェはおふくろを守ってくれたってのにな。」
そう言って先ほどホリィさんの頭の下敷きになり床に強打した手を彼の大きな手にとられる。

「あっ……、」
強くぶつけた衝撃で私の手の甲は大きく腫れあがっていた。少し痛みはあるがたぶん何日かすればこの腫れは引いてくるだろう。
だがそれを見た承太郎さんは心底申し訳なさそうに再び呟いた。

「…悪かった。」

「あ、ぅ…そ、そんな……。き、気にしないで、下さい。」
承太郎さんにそんな声を出されたらどうしたらいいか分からない。
先ほどの悲しい気持ちもぶっとび、私は顔を真っ赤に染め上げる。これが惚れた弱みというやつだろうか。

「だが俺は、お前を傷つけた。」

「そ、そんな…ことは……。そ、そんな顔、しないで下さい…。
私、あなたにそんな顔をされたら、どうすればいいのか……。」

優しく握られた手から感じる彼の体温に、全身の血が逆流するような感覚を覚える。


「名前、」

「ふぁ、ふぁいっ!!」
突然名前を呼ばれたものだからびっくりして変な声が出てしまった。今度は恥ずかしさで顔から火が噴きそうだ。
その様をみた承太郎さんは心底おかしそうに口元を緩める。


「フッ…なんだその返事は。
俺のことは『承太郎』でいい。年もそんなに変わらないからな。」

今まで中々呼ぶことができなかった彼の名前。
それはなんとなく目の前の彼と私が良く知る未来の承太郎さんが、どうしても自分の中で一致しなかったからであった。

「あ…ぅ……、じょ…承太郎……さん。」

「『承太郎』、だ。」

「ぅええ!?」
そんな、承太郎さんを呼び捨てで呼べというのか。そんな恐れ多いこと、私にできる訳がない。

「そ…それは…、そんなこと、」

「いいから、呼べ。」
承太郎さんは少し掴んだ私の手に力を込める。どうやら彼は私が呼ぶまでこの手を離してくれる気はないらしい。

「じょ、じょ、じょう、たろ…う……」
私がそう言ったのを確認した承太郎さんは先程よりも柔らかい笑みを浮かべる。
それは確かに私が知る未来の承太郎さんと同じ微笑みだった。

「っ////」

そうだ。
私は何のためにこの世界に来たのか。
それは、承太郎さんに二度とあのような顔をさせないためだ。

これから彼らはホリィさんを救うためにエジプトに向かう。
思い出すのはあの記憶。血の海の中に伏す彼らの姿。
彼らを思い出すときの承太郎さんの切なげな顔。


その時私の中で一筋の道ができた。
何故私はこの時代へ来たのか。それはきっと____


「あの…。これからエジプトに、行くの…ですか?」

「……そのつもりだ。」
私の決意は、すでに固まっていた。

「私も、連れていって…っ!私はきっと、このためにこの時代にきたっ!」
私の言葉に驚いた顔をする承太郎。


「…駄目だと言っても、テメェは聞かねぇんだろうな。名前……。」

「…聞かない、です。私は、承太郎…を守るためにこと時代に来たんだもの。それにこの時代に来てお世話になったホリィさん…。絶対に助けたいの。」

今度は逆に承太郎の大きな手をギュッと握る。
彼に向かうナイフの雨。絶対にあのような結果にはさせない。


「やれやれ…。俺が女に守られる日がくるとはな…。」
その手を振り払う訳でもなく彼は帽子の鍔をもう片方の手でつかんだのだった。

変わらないその癖に私はクスリと笑った。


◇◇◇
ジョセフさんとアヴドゥルさんは特に何も言うことなく私の同行を認めてくれた。
そしていざ出発するその時に現れたのは、未だ頭に包帯を巻いている花京院さんだった。

「やはりエジプトなんだな…。その旅、私も同行させてくれ。」

「今は少しでも戦力が欲しいとき。それはとてもありがたい申し出じゃが…。」

「同行するだと?何故お前が?」

「そこんところだが、何故同行したくなったのかは私にもよくわからんのだがね…。」
やはりこの花京院という人も本質はとても優しい人なのだ。承太郎の恩に報いるためにきっと同行することにしたのだろう。
承太郎は一言「ケッ」と言葉を発したが、それ以上は何も言わなかった。


「JOJO。占い師の俺がお前のスタンドに名前をつけてやろう。名前がないとこの先なにかと不便だろうからな…。
運命のカード、タロットだ。」

アヴドゥルさんは承太郎に裏返したカードを差し出してその中から一枚を選ぶように促す。承太郎がその中から一枚選んで引く。


「『星』!スターのカード。名付けよう。君のスタンドは、『星の白金』!!」
なるほど。承太郎のスタープラチナはアヴドゥルさんが名づけ親なのか。

「そう言えば名前。テメェのスタンドはなんつーんだ?」
そう言えば承太郎だけ知らなかったことを思い出す。

「『クリスタル・ミラージュ』。承太郎さんに着けてもらったんだよ。あっ…、未来の承太郎だったね。」


目の前の本人に名付けてもらったということを思い出し、少し可笑しい気持ちになる

承太郎がジッとその様子を見ていることを、彼女は知らなかった。




◇◇◇

暗闇の中一人ベッドの上で横になっている男。男は紫の茨をその手に巻き付けたかと思うとポラロイドカメラを思い切り破壊した。
そこから出てきた一枚の写真。映るのはまぎれもなくジョセフと承太郎、そして名前だった。


『……この女は何者だ。この世界の何者とも違う雰囲気を持つ、この女は……。』
写真越しでは分からない。実際にこの目で見てみない限りは…。



____少しコイツに興味が湧いた