06 夏が来た

暑い。今の状況を説明するならそれだけで足りる。

「――デスカラ、皆サンモ愛ヲ――」

夏休み前の全校朝会で、ザビー先生が夏休みの生活について話していた。はずだった。がいつの間にか愛なんたらの話になり、生徒の顔には疲労が見え始めていた。

(暑い暑い!話なげーよくそっ!)

暑さや立ちっぱなしの疲れでイライラしてくる。
すでに数人の生徒が熱中症で倒れているのだ。しかし、普段ならば気の強い生徒が抗議するのだが今日はそういう訳にもいかない。

――織田信長理事長がいるからだ。

いくら元気のある生徒でも、理事長の前で下手な真似をすれば停学、最悪の場合退学だってありえる。

(あー、ヤバい。頭痛くなってきた)

ちらりと理事長が座っているところを見れば、何考えてるんだかわからない顔でザビー先生を見ている。あんなにスーツを着こんで…暑くないのだろうか。

「――トイウ事デ、私ノ話ヲ終ワリ…ソウソウ皆サンニ御知ラセシタイ事ガ…――」
まだあるのかよ!
耐えきれなくなった生徒数名がついに叫んだ。

△▽

「ったく…アイツ話なげーんだよ」
「ア゛ァー。俺まだ頭いてぇ…」

そんなこんなで昼休み。皆昼食も終え、だらだらと雑談をしている。

「ふん。情けない奴等よ。あの程度で弱音を吐くなど…」
「毛利君は大丈夫だったの?」
「我は日輪について考えておったわ」

毛利君は凄い人です。

「名前、」
「ん、はいはいお兄ちゃん」

ふとお兄ちゃんに呼ばれた。あれ、眉間に皺よってる。

「お兄ちゃん暑いの?」
「…悪いが、何か飲むものを…買ってきてくれ」

どうやら具合が悪いみたい。今にも消えそうな声で私に言うと、財布を渡してきた。どうせ同じ家のお金なのだから気にしなくていいのに。

「すぐ買ってくるね。他に欲しいのある人いるー?」
「あ、俺様一緒に行くよー」
「ならば佐助!購買で団子を買ってきてくれ!」
「あんたさっき食べたでしょーが!」
「名前、俺ポカリ飲みたい」

わぁわぁ騒ぐ皆のリクエストを聞いて、私は佐助君と教室を出た。
教室をぐるりと見渡した時、そういえば私はまだ伊達君とまともに話をしていないことに気がついた。

△▽

「長曾我部君がポカリで…慶次君はダカラ。毛利君とお兄ちゃんはお茶」
「で、旦那の団子…か」

はぁ、とため息をつく佐助君。きっとさっき真田君が食べてた団子は佐助君が作ったものだったのだろう。

「この暑さでよくお団子食べれるよね。真田君尊敬するわー」
「そんなことで尊敬しちゃ駄目だと思うよ」

自販機の前で自分が何にしようか悩む。甘い何かがいいな。炭酸じゃないやつ。

「ふぅ。…ね、佐助君。私何にしたら――」
「シッ」

横にいる佐助君に意見を聞こうとしたら口を塞がれた。もちろん手で。

「誰か来る。…喧嘩してるみたい」
「もご…ごごも…」

じっと耳をすます佐助君。私も耳をすまして声を聞こうとしたら、それは近づいているようだった。

(…男二人。片方が一方的に怒鳴ってるみたい)

まだ若い。多分生徒と教師だろう。

「――っから!―は…いつ――だ…!」
「――ま。なにを――すか…で――」

ちらりと佐助君を見れば、口を押さえられていた手が外された。

「あー。なんだ。びっくりした」
「佐助君…知り合い?」

そう聞けば、「まぁ、そんな感じ…」と濁されてしまった。
気になったから声のする方を覗いてみた。

「だーかーら!何度言えばわかるんだ!」
「しかし政宗様。小十郎はあまり…」
「俺が気になるんだよ」

…不良と強面やーさん教師がいた。
なんかみたことある顔だなぁと見つめていたら、不良が私の存在に気づいた。

「!Hey、名前!久しぶりだな!」
「へ、え、あ……え?」

予想外にも気軽に話しかけられました。誰よ。この人。

「しばらく見ない間に随分女らしくなったじゃねえか」
「はぁ…、どうも……え、セクハラ?」

眼帯をしたチャラ男はどうやら過去に私と面識があるらしい。私は助けを求めるように佐助君をみた。

「ほら、伊達政宗だよ」
「いたのか猿」
「はー。伊達君かぁ…え、伊達君?」

きぃきぃ喚く佐助君を放置して、私は伊達君を観察する。
確かに、言われてみれば伊達君だ。小学生の頃とは顔つきも大人らしくなり、背もそこそこ高い。もう数年したら前世の伊達君に似るのではないだろうか。

「てーことは…貴方片倉さん?」
「先生だ。…久しいな、石田」

伊達君が怒鳴っていた相手は片倉さ…先生だった。あまり教師とかみなかったから気づかなかったが、うん。片倉小十郎さんだ。

「Ah?小十郎と名前は会ったことあったのか?」
「え」
「あ、いえ。まぁ…」

伊達君のふいな問いに片倉先生がどもった。そうか。私たちはこの時代で会ったのはこれが初めてだった。思わずスルーしようとしちゃった。

「なんだよ。そうなら言ってくれりゃよかったじゃねえか。俺だけ会ってなかったのかよ」
「…申し訳ございません」
「…ん?…佐助君佐助君」
「はいはい。なぁに?」

伊達君と片倉先生を見ててふと思った。もしや彼は…

「片倉先生て記憶あり?」
「あるよ」

さらりと言ったよこの猿。なんだ。記憶がある人は他にもいたのではないか。なんか騙された気分。

「ふぅん。てことは伊達君の記憶はないと。ここにも複雑な人がいたなんて…」
「なに話してるんだ?」

佐助君とこそこそ話してたら伊達君が割って入ってきた。小学生以来話してなかったのになんか…何があったんだろう。

「あ、伊達君私たちとクラス同じだよね。なんで教室にあまりいないの?」
「あぁ。まぁ、色々な」

期待してた答えは返ってこなかったが、言いたくないのを無理に言わすのもアレなので、黙っておくことにした。

「では政宗様。私はここで…」
「ん。また後でな」

片倉先生は用事があるのか、職員室の方へ行ってしまった。

「……伊達君も、なんか買う?」
「…あぁ、そうだな」
「え、なにこの空気」

ある意味初対面な私たちは、仕方なく飲み物を買って早く教室に戻ることにした。
伊達君と片倉先生は何かありそうだけど、それを考える時間も気力も、この暑さではゼロに近いのだ。

△▽

結局、教室に戻ったのは昼休みも終わりに近く、暑さでやられたお兄ちゃんは保健室に運ばれていた。
佐助君も購買によるのを忘れ、真田君に殴られてた。

「あれ、伊達ちゃん仕事は?」
「終わったんだよ」

慶次君と伊達君の会話が気になったが、先程も言ったとおり暑いので、私はお兄ちゃんの様子を見に保健室にいくことにした。



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やっと政宗様合流。主人公の口調がそろそろ迷子です