04 徳川君 「三成!おはよう!」 「私に話しかけるな!」 廊下でのお兄ちゃんと徳川君の挨拶。これでも進歩した方で、中学の頃はお兄ちゃん、多分一言も徳川君と言葉を交わしてないと思う。 「…はぁ」 「だから言ったじゃない」 項垂れる徳川君の横に立つ。朝一で徳川君の顔を見たからか、早歩きで去ってしまうお兄ちゃんの背を見つめる。 「拒絶反応、でてるのよ」 「…それでもやはり、寂しいな」 苦笑する徳川君を、私はもう何度みただろうか。そのたびに少し彼が可哀想だと思えてしまうのは、気のせいであってほしい。 △▽ 「お兄ちゃんー」 「…なんだ」 だんだん暑くなってきた季節。夕方家に帰ってもまだ空は明るい。 私とお兄ちゃんは家の図書室にある本を読み更けていた。そこで私が手に取ったのは歴史の本。関ヶ原の戦いについてだ。 「なんでお兄ちゃんって、徳川君のことそんなに嫌いなの?」 「…何故?理由がいるのか?」 「理由がなきゃ嫌いになれなくない?」 そうやって言えば、お兄ちゃんは少し考えてるみたいで。理由を探しているようだ。 これは長くなるかな、と私は本に目線を移そうとしたとき意外にもお兄ちゃんが言葉を発した。 「ならば…奴が気にくわない」 「ほうほう…?」 「私の全てを、奴は奪っていく」 「…例えば?」 はて。この時代でお兄ちゃんと徳川君に大きな接触はあっただろうか。…いや、ない。高校一年生の時に何かあったのなら、私が知るはずもないのだが。 続きが気になって詳しく追及しようとしたら、私の様子に気づいたのかお兄ちゃんは眉間に皺を寄せて私をみた。 「名前…。さっきから何がいいたい」 やべ。不自然すぎた。 お兄ちゃんはじとっと私を睨む。 「…ううん。なんでもないの。嫌な気持ちにさせちゃったかな?ごめんね」 「いや…別にいい」 素直に謝れば、お兄ちゃんは諦めたように自分の読んでいた本に視線を戻した。 (…まったく覚えてない…ってわけじゃないのね) (なんだ、この気持ちは……) △▽ 「名前!おはよう!」 「…徳川君。おはよう」 昨日と同じく、徳川君は太陽みたいな笑顔であいさつをしてきた。今お兄ちゃんは隣にいないから、私も普通にあいさつする。 「あ、そうそう。お兄ちゃんね、昔のこと根に持ってるみたい」 「?三成、記憶が戻ったのか?」 「ううん。…多分嫌いってことだけ覚えてるんじゃない?」 悪意はない。ただ事実を言ったのだ。 そうしたら徳川君。また悲しそうな顔をした。 「そう、か…」 しゅんとする彼が不覚にも可愛いとおもってしまった。結局私は女なのだ。可愛いモノは可愛いと思えてしまうようだ。 「……徳川君って――「名前!」――あ…」 いいかけた私の言葉を遮ったのは当然お兄ちゃんだ。向こうからつかつか歩いてきて、徳川君と私を引き離すように私の肩を抱き寄せた。 「家康貴様…名前と話すなとあれほど…」 「はは。三成は名前の事が大好きなんだな」 「徳川君っ!」 悲しそうに笑った徳川君が私には怖く感じた。昔を思い出す、あの感覚。 「貴様、何故そんなにも私の前に現れる」 「ワシは名前と友達だ。友達とあいさつをするのは当然だろう?そこに三成が来ただけだ」 徳川君は淡々と言葉を並べる。 お兄ちゃんはどんどん不機嫌になってきて、私の肩を掴む手に力が入るのがわかった。 「だがな三成。ワシは三成とも友達になりたいんだ。共に絆を深めよう!」 「っ、馬鹿なことを言うな!貴様はそうやっていつもいつも絆などと…。私から全てを奪ったくせに!」 私たちの様子に気づいたのか、周りの生徒は足を止め野次馬のように群がり出す。 しかしお兄ちゃんも徳川君も、そんな周りを気にせず話を進めてしまう。 「……それは」 徳川君が、お兄ちゃんのその言葉を待っていたかのように、ゆっくり、ゆっくり、小さな爆弾を落とそうとする。 「三成、それは」 「だ、だめっ!」 「それは、いつの話だ?」 「っ!?……なに?」 それは言ってはいけない言葉。 徳川君は私の静止の言葉を聞かず続けてしまう。 「三成は、いつの話をしている」 「徳川君!!」 「名前は黙っていてくれ」 お兄ちゃんは何も言わない。言わないのではなくて、言えないのかもしれないけど。 「これは…ワシと三成の問題だ」 「っ……」 細められたその視線は冷たい。あの時と同じ、決意した瞳。 私にはもう、彼を止める術がない。 △▽ 朝早い学校の廊下で、普段はない怒鳴り声が聞こえた。 その声を辿ってみれば沢山の人が集まっていた。そしてその中心で、徳川の旦那と石田の旦那。そして名前ちゃんがいた。 「だ、だめっ!」 石田の旦那の腕が名前ちゃんの肩から落ちる。力なくだらりとぶらさがるみたいに。 △▽ 「三成。お前の言うワシが奪ったものとはなんだ」 「…っ」 徳川君は続ける。 「ワシは三成になにをした」 「やめ…てよぉ…」 「三成とワシに何か接点はあったか」 「お願い、だから…や、め…」 「三成は何故、ワシを憎む」 「やめてってば!!」 その場が静寂に包まれる。長い廊下に私の声が反響した。 お兄ちゃんはびっくりしたように私をみる。徳川君も少し驚いたみたい。 「ほんとに…やめてよ…。まだ、まだだめだよぅ…」 ぼろぼろと涙が落ちる。なんで私はこんなに必死なんだろう。 また周りがざわつき始めた。 「名前…」 「徳川君はっ…なんでそうやって…!」 「…すまん、名前」 足に力が入らなくなって地べたに座り込んでしまう。それでもお兄ちゃんは動けなかった。 「すまん」 「おやおや。けんかですか」 徳川君がもう一度謝ったとき、透き通る声が場を遮った。 「上杉…せん、せい…」 「ほら、じゅぎょうがはじまります。みなさんはきょうしつにもどりなさい」 教師が来たということもあり、周りにいた生徒はわらわらとそれぞれの教室へ戻っていった。残ったのは私たちと、野次馬のなかにいた佐助君だった。 「たてますか?」 「あ…はい。すみません…」 「あなたがたもいったんきょうしつにもどりなさい。あとはわたくしにまかせて」 上杉先生がそういうと、お兄ちゃんと徳川君がしぶしぶ教室に戻っていく。同じクラスだから方向も同じなのに、二人は少し距離をおいて歩いていった。 「…さるとびくんはわたくしたちといきましょう」 「え、あ…はい」 結局、私と上杉先生、そして佐助君の三人で保健室へ行くことになった。 ------- 長くなったんで切ります |