03 内緒話

「へぇ…そりゃまた名前ちゃんも大変だねー」
「大変どこじゃないんだから…。三成様、きっと怒ってる」
「今は“お兄ちゃん”なんでしょ?」
「…佐助、てめぇ喧嘩売ってんのか?」

今日は日曜日。お兄ちゃんは秀吉様に呼ばれていない。だから私は久しぶりに佐助君を家によんだ。

「ごめんごめん。でもほんと、名前ちゃん苦労してるよね。二重人格みたい」
「だって…お兄ちゃんに三成様なんて呼べないし…」

もうわかってると思うけれど、私は前世の記憶がある。目の前の佐助君も同様に。
記憶があるといっても私は死んだと同時に産まれた気がするけれど。
みんなみんな、変わっていない。

「変わったのって石田の旦那と名前ちゃんの関係だけだよね」
「あーあ。なんで兄妹なんだろう。しかも三成様記憶ないし」
「真田の旦那も記憶ないよ?」
「真田君はそういうの疎いからいいじゃない」

いつも通り、というか昔通りというか。佐助君と真田君の関係は幼なじみを通り越して親子みたい。この時代には当然忍や武将などないから、上下関係なんて先輩後輩程度ですむ。
つまり、敵同士でも上司部下でも貧民平民武士貴族。どんな相手とだって今の時代なら仲良くなれるというわけだ。

「…佐助君、好きな人いるんでしょう?」
「ちょっ!?…今それ引き出さないでよ…っ」

誰とは教えてくれないが、佐助君だって戦国の世では恋仲になれなかった相手と今は仲良くしてる。付き合ってるのかは知らないけれど。

「はぁ…。せっかく女なのに、なんで妹なのかなぁ」
「…名前ちゃん…、石田の旦那のこと好きなの?」

さっきまで真っ赤になって湯気を出していた佐助君。今度はにやにやしながら私に聞く。

「いや、好きって恋愛感情じゃないけど……どうせなら三成様って呼んでいたかった」

三成様が秀吉様、半兵衛様と呼ぶように。佐助君が真田君を旦那、武田先生を大将と呼ぶように。

「なんか仲間外れな気分」
「気にしすぎだよ。だいたい家族であるほうがいつも側にいられていいんじゃない?」
「…佐助君と真田君は血は繋がってないのに一緒に住んでるじゃん」
「…あちゃー。フォローできなかったか」

誰も彼もが大して変わらなかったのに、私だけが、女になり、妹になり…。

「……、やっぱり名前ちゃんが女の子ってなれないかも」
「でしょ?」

今こうやって普通に話していた佐助君でさえ、女の私に違和感を感じるようだ。
それもそのはずで、戦国時代の名前は男だったのだ。17年この時代を生きてきたのに、未だに鏡をみて自分の姿に驚くことがある。

「あー…くそ。なんかイライラしてきた。佐助、甘いもの食べたい」
「だから素がでてるって。それにここあんたの家でしょーが!」

ぐしゃぐしゃと髪を掻く。少しでも男であった自分に近づけようと短くしたショートヘアは、昔から変わらない三成様と同じ銀。

「…もしかして、神様が名前ちゃんの髪をみて石田の旦那の弟だったと勘違いしたんじゃない?」
「佐助君は神様信じてるんだ。てか私三成様より二つ年上だったんだけど」
「え、うそ。まじ?」

あ、三成様にお姉ちゃんって呼ばれたかったかも。

「…へぇ。名前ちゃん意外と年いってたんだね」
「どういう意味よ。…それに、今は三成様どころか佐助君も真田君もみんな同い年じゃない」
「不思議だよねー」

こんな風に誰かと昔の話をしたのは久しぶりだった。
誰かに話せば気分もすっきりして、また石田名前という人間になれる。
佐助君には本当に感謝しているのだ。私がなにか困ったことがあれば、いつでも相談にのってくれるし。なんだかんだいって甘いものもってきてくれるし。

「んー。アイスうめぇ」
「名前ちゃんてこんな人だったっけ?」

だから甘えてしまうのかもしれないけれど。

△▽

「ただいま…」
「お兄ちゃん!お帰りなさい」

佐助君が帰ってからしばらくしてお兄ちゃんが帰宅。手に紙袋をいっぱい持ってることから、半兵衛様にたくさんのお土産を貰ったようだ。

「お風呂入る?ご飯出来てるから先食べてもいいけど…?」

ありきたりなフレーズみたいなことを言いながら、お兄ちゃんの返事をまつ。荷物を下ろして目を擦るお兄ちゃん。もしかして眠いのかな?

「ん…名前」
「はいはい。私はここだよ」
「名前が…いい…」
「……は、」

それだけ言うとお兄ちゃんの体はぐらりと揺れて私に倒れてきた。

「っ、わ。お兄ちゃん?眠いなら布団いこう。ほんとはお風呂に入って欲しかったけど仕方ないから…ね?ふ、と、ん!」
「んん…、や」
「や、じゃないわよお兄ちゃん!お願い起きて!お兄ちゃーん!」

どれだけ眠かったのか。お兄ちゃんはすぐに寝息をたてて寝てしまった。

「あー…、動けないや」

いくら同じ年といえ、男と女では体格も力も違う。お兄ちゃんを担いで部屋に戻るには少々無理がある。

「出来ることには、出来るんだけどね…」

無理がある、というのは客観的にみた話だ。実のところ私がお兄ちゃんを担いで部屋に行くことなど簡単なのだ。
性別も年齢も変わった私が唯一戦国の世と変わらなかったこと。それは己の体力と力だった。
それをしないのは、万が一お兄ちゃんが目を覚ました時、言い訳の仕様がないからだ。

「可能性は徹底的に排除、ね」

お兄ちゃんを運ぶ事を諦めて、その髪を撫でてみる。さらさらと指の間からすり抜ける細く柔らかい髪は昔と変わらない。
私はお兄ちゃんを抱き締めたまま玄関に寝転ぶ。これだけ動いているのに、起きる気配はない。
お兄ちゃんの髪を撫でていたら、だんだん自分も眠くなってきた。

「ふぁ…、んー…」

結局私は睡魔に負け、そのまま寝てしまった。

△▽

「……」

目を開ければ、名前の顔があった。閉じられた瞼と薄く開いた唇になにか引っ掛かった気がしたが、よくよく考えて名前に抱き締められていることに気がついた。

「な、名前…?」

一体その小さな体のどこにこんな力があるのか。どんなに名前を引き剥がそうとしても、その腕に抱き込まれては身動きがとれない。

「名前、起きろ」
「ん、んんー…」

体を揺すってみたが効果はなさそうだ。
そうこうしているうちに、名前の腕に力が入り、更に体を密着させることになってしまった。柔らかそうな唇から零れる吐息が耳にあたってくすぐったい。

「っ、名前…おき…っん!」

寝ぼけているのかなんなのか。名前は私の耳に舌を這わせてきた。もはや名前が妹であることなど頭にない。

「ん、名前起きろ…っ」
「むー…。ふふ、お兄ちゃん」
「な…なん、だ」

寝ぼけているとわかっていながらに返事をしてしまう。

「カマンベールはチーズですよぅ」
「……名前…!さっさと起きろ!!」
「ぶぶっ!な、な…敵襲か!?」

身の危険を感じた反射からか、思わず名前に頭突きをしてしまった。一体どんな夢をみていたのだ。

「いつまで寝ぼけている!今日は学校だろ」
「はっ、お兄ちゃん…。やだ、私…寝ちゃった」

やっと目が覚め、名前は私から離れる。心地よい体温が離れたとき、ほんの少し寂しいような気がした。

「う…背中痛い…。あれ、今何時…」

そう言って壁に掛かってる時計をみて固まった。私も吊られて時計を見れば、時刻は8時07分。もう家を出なくてはいけない時間だ。名前をみれば、だんだんと青ざめていく。

「おお、お兄ちゃん遅刻する遅刻!早く支度して…お弁当間に合わない!」


素早く立ち上がると、着替えをするために階段を駆け上がる名前。転ぶぞ、と言う前に名前は足を滑らせた。

「ぎゃっ!」
「…ふ」

さっきの雰囲気など消え去り、なんだかやはり不思議な感じだ。
慌てて支度をしようとする名前を見てると、自然と笑みがこぼれてしまう。

「お兄ちゃん!笑ってないで支度し…お兄ちゃんお風呂入ってないじゃない!もう私がやっとくから早く入って!」

騒がしい朝など久しぶりで、特に私が寝過ごすなど多分初めてだろう。昔から睡眠はあまり取らない方だったから…。

「昔…?」

自分で思って何か引っ掛かったが、着替えを済ませた名前にまだお風呂に入ってない!と言われたので、私も早く支度をしなくてはと重い体を動かした




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二回もうっかり消しちゃったからなんかまとまりのない話になってしまった