02 記憶の果て 「っ、はぁ!」 刀を横にふれば、周りを囲んでいた敵兵が全て倒れた。 近くに落ちていた刀を、遠くの弓兵に投げれば全て倒れた。 一人、また一人と斬っていけばあの方に近づける気がした。 △▽ 「三成様、名前です」 「…入れ」 襖を開け部屋に入れば、俺の主である石田三成様がいる。空を、見ていたのでしょうか。 「三成様。また、食事をとらなかったようですね」 「…必要ないだけだ。腹は減ってない」 今日は機嫌が悪いようで。三成様は私に背を向けたまま言葉を返す。俺は畳を見つめた。 「それではいつか倒れてしまいます。お願いですから、少しでも……」 「煩い!必要ないと言ってるのがわからないのか!」 「……すみません」 無愛想に返事をし、気にくわなければ怒鳴り出す。 これには一体何人の部下が夜逃げしたことか。…それすらも、三成様は殺してしまうのに。 場が静まり、辺りには鳥の鳴き声が聞こえる。それが泣き叫ぶ様な声だったのに、俺は気づかなかった。 「名前」 「はい」 名を呼ばれ、顔を上げた。いつの間にか三成様はこちらを見ていた。 「…貴様、なぜ言わなかった」 「……何を、とは…言わせてもらえませんよね」 ここで俺は三成様が不機嫌な理由を一つ見つけた。どうやら原因の一つは俺らしい。 △▽ 「また、ですか?」 最近、石田軍では敵に寝返る兵が多い。しかしそれを全て三成様に報告すれば、発狂し、刀をとり、一人残らず殺してしまうだろう。 だから部下には、裏切り者がいたならば俺だけに報告するように言った。 「は。やはり…徳川に…」 「…わかりました。ありがとうございます」 忍を下がらせ、一人考える。 寝返る兵の大半は徳川へ行く。多分、ズキズキした空気が常である石田軍よりも、温かく柔らかい空気の徳川軍の方が心地よいのであろう。正直、わからないこともなかった。 「家康、様」 まだ秀吉様が、半兵衛様が生きていた頃。徳川家康もまた、俺の上司であった。 皆さんが笑いあっている姿を見るのは好きだったし、たまに一緒にお茶をした時は、この幸せは一生忘れないと誓うほど、俺は彼らと生きる事を誇りに思っていた。 『名前、ワシと共にこないか?』 その手を取れなかったのは、後に残される三成様を忘れられないから。 「どうして、どうして――っ!」 『名前も、本当は殺しなどしたくないのだろう?』 耳に残るその言葉が、俺でなく三成様に向けた言葉ならよかったのに。 家康様が、俺でなく三成様を選んでくださればよかったのに。 「……、」 どれだけ願っても過去が変わるわけではない。きっと遠くない未来、三成様と家康様は戦うだろう。 「誰かが、いてやらなきゃ」 手を差し伸べて下さった家康様でなく、孤独に戦おうとする三成様についた俺が出来ることは、それしかない。 「俺が、守ってやらねえと」 △▽ 「兵の数が、明らかにおかしい」 部下に目を向けない三成様なら気づかないと思っていたが。やはりバレてしまったようだ。 「今日の戦。貴様の動きは兵の少なさを誤魔化すように見えた」 「……はい」 三成様に勘づかれない様に、俺が一人でも多く殺さなきゃと焦った。 「なぜ言わなかった。一度では、ないのだろう」 「……はい」 兵士が寝返った。全員徳川に行きました。なんて言えるわけがない。 「どの軍だ。まさか、徳川ではないだろうな」 その通りです。なんて言えるわけがない。 言えるわけが、ないんです。 「既に、裏切り者は俺が始末しました」 また、嘘を重ねてしまった。 △▽ 「っ、!」 がばりと起きれば、そこは見慣れた部屋。薄い紫をベースとした、私の部屋。 「…ゆ、め?」 時計を見れば、時刻は4時44分。なんとも不吉な時間だ。 「…はぁー。またか」 お兄ちゃんが不安になったとき、その晩私が必ずみる夢。逆に言えば、私がその夢を見たならば、お兄ちゃんは何か不安を感じてるわけで。 「……うそつき」 過去に三成様についた嘘は数えきれないほど。現在お兄ちゃんについた嘘はない。 「…いや、俺自信、嘘か」 自分の胸に手を当てる。触れた感触は、紛れもない女の証。 「なんで俺だけ、女なんだよ…」 記憶との違いは、自分の存在だけだ。 ------ 相変わらず分かりにくい。 主人公については追々説明していきます。 |