01 兄と私

私には妹がいる。勉強は出来ないが運動が得意で、母親によく似た気の強い妹だ。

私には兄がいます。外面は完璧で文句なしだけど、心が少し脆い兄です。

△▽

「お兄ちゃんー、お弁当持った?」
「…あぁ」

春を終えて木々に緑がなってきた頃。私はお兄ちゃんと同じ学校に通うことになった。
といっても、私が元通っていた女子校はお兄ちゃんの通っている男子校のすぐ隣で、先日合併が決まったのだ。
私とお兄ちゃんは双子。二卵性だから顔はあまり似ていないけれど。

「名前、早くいくぞ」
「あぁっ、まってお兄ちゃん!」

早々と靴を履き、私を待つお兄ちゃん。昔と変わらず、私の事を一番に考えてくれる素敵な兄。

「へへ、またお兄ちゃんと同じ学校に通えるなんてね」
「登校はいつも一緒だっただろう」
「む…。それもそうだけど」

お母さんとお父さんは、私達の学校が合併すると聞いてから直ぐにイタリアへ旅行に行ってしまった。訳を聞けば「学校生活も、三成と名前が一緒なら心配することはない」と言ってから連絡は途絶えてしまった。

「クラス一緒かなぁ」
「さぁな。クラス編成があるから可能性がないわけではないが…」

兄妹で同じクラスというのはあまり聞かない。全ては理事長の判断次第というわけだ。

「…名前」
「ん?なぁにお兄ちゃん」

ふとお兄ちゃんが足を止めた。どうしたのかとお兄ちゃんを見れば、じっと私を見つめていた。

「私から離れることは許さないぞ」

瞳の奥の寂しそうな感情。多分本人は無意識なのだろうが。
いつもの様に言われる言葉に、私もいつも通りの答えを返した。

「…私はいつだってお兄ちゃんを裏切らないよ」

昔から、ずっと変わらないその答え。
お兄ちゃんはそれに満足したのか、少し口元を緩ませて、早く行くぞと私を急がせた。

△▽

「桜も咲いてないのに自分のクラス探すのって不思議な気分…」

始業式の日みたいに、掲示板に張り出された自分の名前を探す。A組にはいなかったから、あとはB組かC組で…。

「名前、あったぞ」
「え、どこどこ?お兄ちゃんと同じ?」

私より先に名前を見つけたお兄ちゃんの指をたどって沢山ある名前の中から自分の名前を探す。

「B組。…あ!お兄ちゃんと同じクラスだ!」

男子の列にある石田三成という文字と、女子の列にある石田名前。改めて双子なのだなぁと思った。

「…へぇ、佐助君とかいる…。あ…」
「?どうした、なにかみつけ――」

他のクラスメイトの名前を見ていてたどり着いた一つの名前。

徳川家康。

その名をみた瞬間、お兄ちゃんの目の色が変わった。
…嫌な予感しかしないよ。

△▽

「おぉ、名前と三成ではないか!」
「徳川君…中学校以来だね」

教室へ行けば真っ先に駆け寄ってきたのが、徳川家康君だった。お兄ちゃんはあからさまに嫌そうな顔をして自分の席に座ってしまった。

「ふぅ。三成には嫌われているようだな…」
「…体が拒否反応でも出してるんじゃないの?」

徳川君は困った風に笑った。
私も彼は苦手だ。嫌いではないが、ちょっと抵抗がある。

「まぁ、一年間よろしくね」

付け足すように言えば、それでも徳川君はよろしくと私に微笑んだ。
それからクラスメイトと少し話した。大体が中学の時の知り合いだから、知らない人の方が少なかった。

△▽

「わー。この風景久しぶりー」

今は昼休み。いくら学校が合併したからといって短縮授業になるわけではなく、みな持参した弁当や学食で昼食をとっていた。
私とお兄ちゃんが教室でお弁当を食べていると一人、また一人と人が集まってきた。

「あ、佐助君!真田君も!」
「名前殿!久しゅうござりまする」

猿飛佐助君と真田幸村君。彼らもまた中学からの知り合いである。
とくに佐助君とは色々な面でお世話になった。

「いやぁ、中学以来?石田の旦那と名前ちゃんの組み合わせ見るの」
「やだな佐助君。家じゃいつも一緒にいるよ」

当たり前の様に話しかけてくれる二人に嬉しくなり箸を止め会話をしていると、お兄ちゃんが小さく何かを言った。

「ん?お兄ちゃん、ごめん、もう一回言って――「もう食ってたのか!」――え?」

お兄ちゃんに問いかけたとき、教室の端から声がかかった。
驚いてそちらを見れば、購買の袋を持ってこちらに手を振る長曾我部君と、少しむっとした顔でお弁当の袋を持った毛利君だった。

「あれー、竜の旦那は?」
「政宗なら職員室で片倉センセに捕まったぜ」

長曾我部君が机を繋げる。二つ向かい合ってた机が六つになった。

「竜の旦那また何かやらかしたのかな」
「伊達君って問題児なの?」

伊達政宗君。中学一年生の頃同じクラスになった覚えがある。あの頃はまだ教室の端で一人本を読んでるイメージがあったのだが…。

「問題児っていうか…、右目の旦那が世話焼きというか…」

うまく言葉に出来ないようで、佐助君は苦笑いをする。
どうやら私が知っていた伊達君とは随分性格も変わっているようだ。ちなみに片倉先生という方も私は知らなかった。

「……」

とそこでいままで喋らなかったお兄ちゃんが立ち上がった。いつの間にかお弁当は食べ終わったらしい。

「あ、お兄ちゃん、どこ行くの?」
「秀吉様と半兵衛様のところだ」

そして、それだけ言うとさっさと教室をでて行ってしまった。教室のドアが音をたてて閉められる。ぴしゃりと閉められたドアをみんなが驚いて見つめている。
なんとなく、お兄ちゃんは怒ってる気がした。

「…石田も嫉妬深い奴よ」
「わかりやすいよなぁ…って毛利!なに俺の飯食ってんだよ!」

毛利君は解ってたかのようにお弁当を食べ続けている。
みんなは何か察したのか、お兄ちゃんに気にすることもなくそれぞれ昼食を取り始めた。

結局、昼休みにお兄ちゃんが戻ってくることはなかった。

△▽

「お兄ちゃん!待ってよお兄ちゃん!」

帰りのHRが終わると同時に、お兄ちゃんはさっさと教室を出てしまう。ちらりと私を見たから多分早くしろと言っているのだろうけど…。

「お兄ちゃん…何か、怒ってる?」

出来るだけお兄ちゃんの機嫌を損なわないように聞いてみる。お兄ちゃんから発せられるオーラがどす黒く感じる。

「…名前」
「!なぁに、お兄ちゃん」

名を呼ばれたことに過剰に反応してしまう。私の名前を呼んだということは直接私が悪いことをしたわけではないらしい。

「…私から離れるなと、いったはずだ」
「……え?」

お兄ちゃんの言葉が理解出来なかった。
離れるな、と言われても…今日お兄ちゃんと離れたのはトイレに行ったときと……昼休み。

「で、でも…教室から出ていっちゃったのはお兄ちゃんの方で…私は…」
「貴様は今日、私よりあいつらを優先した…」

なるほど。私はここで初めてお兄ちゃんの言いたいことがわかった。ついでに昼休みに毛利君が言っていた意味もわかった。
それがわかると、思わず口あぁ、だめ。にやけちゃう。

「名前!何を笑っている」
「ううん、ごめんね、あのね」

お兄ちゃんは本当に可愛い。まっすぐで素直な分かりやすい方。

「私が一番好きなのはお兄ちゃんだけだよ」
「っ……」

この人は、誰かが支えてあげなきゃいけないのだ。

「ならば今一度誓え!二度と私から離れないと…!」
「…はい!」

今も昔も“俺”が支えてあげなくてはならない。


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0717 一部修正