クラスマッチとモヤモヤと刺さる視線



 


 女子生徒の歓声が上がる。彼女たちが呼ぶ名前は大体二つ、その片方が嫌になるほど耳慣れた名で、私はモヤモヤを払拭するために手にしたボールを思い切り投げた。
 ――私の手には余る大きさのバスケットボールは、リングを揺らして余所に跳ねた。






クラスマッチとモヤモヤと刺さる視線



 衣替えが終わって暫く経った。
 小出高校ではこの時期、クラスの親睦をはかり団結力を高めると言う名目で、クラス対抗の球技大会――クラスマッチが行われる。ちなみに、これにはクラス全員絶対参加が義務づけられており、運動嫌いな文化系人間の悩みの種にもなっているとか。
 私自身は、体を動かすのは好きだが球技は正直苦手である。先日の体育、バレーボールで味方をも脅かす殺人サーブを打ったのは記憶に新しく、バレーは自重しておこうという理由でバスケットボールを選択した、のだが。



 ――紫サンもバスケなんですか? 僕もなんです! 僕頑張るから見ててくださいね!

 そう北条に言われてしまったのは、一週間程前のことだった。




 隣のコートからは、バックボードに当たったボールがネットを揺らす音が聞こえた。そしてまた歓声。

「キャー下野くーん!」
「北条君ナイスアシスト!」

 あまり聞きたくない声を私の耳が拾ってくる。……モヤモヤ。駄目だ今は試合に集中!
 と。そこでホイッスルが鳴った。……ああ、試合終了だ。試合の間は試合に集中していればいいのに、終わってしまったら他に集中するものが無くなってしまう。そうしたら隣のコートが気になってしまうだろうし。……モヤモヤ。
 どっと疲れを感じた私は、自分の荷物を置いた場所に戻ると水の入ったボトルを一気に煽った。



「紫ー、どしたの? 最後、らしくなかったじゃん」

 バスケ部のクラスメート、飯山璃子がタオルで顔を拭きながら声をかけてきた。2−A女子バスケの司令塔だ。私は彼女に頭を下げた。

「……ゴメン」
「いいよ、勝ってたし。最終的に勝ったしね」

 でも部活の試合だったら大目玉だったよ。そう言って璃子は笑った。

 隣のコートでまた歓声が上がった。今度は北条がシュートを決めたらしい。見なくてもギャラリーの反応で試合がわかる。……モヤモヤ。
 背が高いのでギャラリー越しでもコートが見渡せる璃子が言った。

「男子は盛り上がってるねー」

 璃子が言う。……ギャラリーがな。私は彼女の台詞に心の中で主語を付け足した。

「男バスの部員が入ったクラスは全滅だって。もう不甲斐ないったら!」

 憤慨する彼女の声に釣られて、私はつい隣のコートを見てしまう。そして北条から目が離せなくなった。
 相手のクラスは三年だかで良く知らないが、北条のクラスは、北条と弓道部の下野が中心になっているようだ。他のメンバーが二人にボールを回し、それを二人がどんどんゴールに放り込む。そしてそのたびに黄色い歓声。……モヤモヤ。
 璃子が私の脇を肘でつついて聞いてきた。

「ねね、紫。あの背の高い北条君って、文芸部なんでしょう? ……バスケ部とか、興味ないかな?」
「何故それを私に聞く? そう言うのは本人に聞いてくれ」

 ……モヤモヤ。ああ、スッキリしない。
 1−Aの一方的なワンサイドゲームになったところで、試合終了のホイッスルが鳴った。






「紫サーン、見てくれてましたか?」

 試合が終わり、目ざとく私を見つけた北条が顔を輝かせながら飛んできた。
 どこの犬だ。私は思った。私はコイツの飼い主になった記憶はない。

「ああ。やっぱり背が高いといいな。羨ましい」
「……それだけですか?」

 残念そうに言う北条に、私は目を細めて問い返す。

「他に何がある?」
「僕、せっかく紫サンにカッコいいとこ見せようと思って、一生懸命頑張ったのに……」



 隣にいた璃子が目を見張る。璃子だけではない。驚き。興味。嫉視。好奇心。いろいろな感情がない交ぜになって、視線と言う形で私に刺さる。……居たたまれない。

 ――コイツが、考えなしにこういう言動をするから、あんな噂が流れるんじゃないか――

 視線が痛い。居心地が悪い。もういっそ体育館を出て行こうかと考えた、その時。






「……北条。どうしてお前はそこにいる?」

 背後からどつかれて北条がよろめく。
 いつの間にか、不機嫌な形相の下野が彼の後ろに立っていた。

「何だよ下野……」
「鷹月先輩すみません。北条が迷惑かけて」

 文句を言いかけた北条を完全に無視して、下野が頭を下げたので私は慌てた。
 もちろん下野が謝る必要はこれっぽっちもない。彼もまた、北条に振り回されているだけだ。
 私は少し下野に親近感を覚えた。

「北条も。先輩はもうすぐ次の試合だろう。集中を邪魔するな!」

 下野に頭ごなしに叱られて、北条はシュンとなった。捨てられた子犬のような目で私を見てくる。



「紫サン……迷惑でしたか?」



 ああもう。そんな目をするな!

 そんな目をされたら――






「……北条。次はちゃんと見ていてやるから、話は放課後にしてくれ。な?」

 ――私は突き放せない。



 ハイ! 満面の笑顔になった北条が頷いた。それから下野に引きずられて隣のコートに戻っていく。
 大きな大きなため息をついた私に、璃子が恐る恐るといった風に声をかけてきた。

「紫……すごい懐かれ方してるね……」

 返す言葉も見つからない。私は返事の代わりにまたひとつため息をついた。


 
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