正式入部とアップルパイと喩え話 |
原稿用紙に目を落としていたかんなちゃんが顔を上げた。 さすがに緊張の面持ちを浮かべている北条に、ニッコリ笑顔になって言う。 「これなら大丈夫。よく頑張ったわね北条君」 「……じゃあ」 「あなたの、文芸部への入部を許可しましょう。異存ある人はいないわね?」 ないでーす。志乃ちゃんが言ってなのっちも頷いた。 私は頭の片隅で、本当に同意していいのだろうかと考える。 北条と縁を切るなら今しかない。だが、彼のこのひと月の頑張りを、私情で無にすることは私にはできそうになかった。 だから私は、ため息をつきながら言った。 「……精進しろよ」 こうして。 北条の、文芸部への正式な入部が決まった。 今日の紅茶はダージリン。そしてお茶請けは私の好きなアップルパイ。 お菓子を作るのは私の趣味のひとつである。それほど上手な訳ではないが、作ったものを喜んで食べてくれる人がいるのは嬉しいものだ。 だから時々、こうやって作ったお菓子をお茶請けとして持参するのだ。切り分ける必要のないよう一人分ずつ焼いたアップルパイを、今日は五つ用意した。 「わあ……美味しそう!」 「なのちゃんお行儀悪い」 舌なめずりをするなのっちを志乃ちゃんがお皿を並べながらたしなめる。その上にアップルパイを一つずつサーブする。 「あら。今日は『特別』なのね」 落ちる砂時計の砂からアップルパイに視線を移したかんなちゃんが言った。 私は渋い顔をした。好きなものは特別な時にしか作らないと、以前私が言ったことを彼女は覚えていたらしい。 「……まあね。頑張った私お疲れ様!みたいな?」 おどけて返すとかんなちゃんは苦笑した。 「なんてね。ホントは父さんがリンゴをいっぱいもらってきたから」 頂き物の大量のリンゴを、傷む前にと母がジャムに変えていたので、その脇で甘煮を作ってパイを焼いたのだ。 「そうね。わたしも紫ちゃんのアップルパイは大好きだから嬉しいわ」 「……え!?」 そこで声を上げたのは北条だ。彼はとりあえずおとなしく座ったまま、目の前に並べられていくティーカップとパイを眺めていたのだが。 「このパイ、紫サンが作ったんですか?」 「そうよ。紫センパイのお菓子は絶品なんだから!」 「だからどうしてなのちゃんが胸を張るかな……」 なのっちが胸を張り、志乃ちゃんが苦笑する。かんなちゃんがティーポットを片手に北条の脇に立ち、彼のカップに紅茶を注いだ。 「今日は北条君の歓迎パーティーにしましょうか」 「さんせーい!」 「とりあえずパーティーにこじつけたいだけだろ皆……」 私は苦笑して淹れたてのダージリンを口に含む……が。 あーっ! 横から上がった大声に思わず噎せかけた。 「な……何、なのっち」 「パーティーなのに……紫センパイ乾杯してない!」 「熱い紅茶が入ったティーカップで乾杯しようとしないの。絶対なのっちは調子に乗って激しくぶつけてお茶を零すから」 「そんなことしませんって!」 「じゃあ気持ちだけ、ね。乾杯」 「かんぱーい!」 かんなちゃんと志乃ちゃんがカップを軽く掲げてから口を付けた。北条もそれに倣ってカップを掲げる。 それから居住まいを正してパイを口にした。 「……美味しい……」 ぽろり。こぼれるように漏れた声。 それから北条は満面の笑顔を私に向けた。 「ホントに美味しいです! すごいですね紫サン、こんな美味しいお菓子が作れるなんて!」 「そうか?」 やはり喜ばれると嬉しいものだ。それがたとえ北条であろうとも。 私もアップルパイを口にした。サクリ。崩れるパイ皮の層から染み出る、甘煮リンゴの汁気とほんのりシナモンの香り。 「あー。どうせなら旬のリンゴで作りたいな。紅玉だったら最高なんだけど」 「紅玉……ってなんですか?」 首を傾げるなのっちに私は説明する。 「昔からあるリンゴでね、小ぶりで酸味が強いんだけど、皮が真っ赤で綺麗だし煮崩れないから皮ごと甘煮にしたら美味しいんだ。もちろん生で食べるのも美味しいけど」 「「へー」」 なのっちと声をハモらせながら言ったのは、自分のパイをあっと言う間に食べ終えてしまった北条だ。 「つまり、紫サンみたいなリンゴなんですね」 …………沈黙。 そして皆の視線が私に刺さる。 居たたまれなくなった私は思わず叫んだ。 「どうしてそうなる!」 「……成程……言い得て妙ね」 「確かに……」 「そこ二人! 納得しない!」 「え? 詳しく説明しましょうか?」 「必要ない!」 「だって紫サン、どうしてそうなるって聞いたじゃないですか」 「前言撤回する! てかお前がしろ!」 「嫌ですよ」 「ほ〜う〜じょ〜う〜!」 「紫センパイ! あたしにも迫ってください!」 「なの! 誤解を招くような発言をしない!」 「ほら紫サン、リンゴみたいに真っ赤になってますよ?」 「誰のせいだーっ!」 私は思い切り叫んで、叫んだことで息苦しくなってテーブルにぱったり倒れ伏した。 もう嫌だ。やっぱりさっき賛成なんてしなけりゃよかった。私情挟めば良かった! 後悔先に立たずを身を持って体感しながら、私は大きな大きなため息を、机に向かって吐き出した。 |