『はなせない』



 


 ……タンッ。

 小気味良い音が響いた。
 的の真ん中に矢は刺さっている、ように私には見えた。
 それでも北条は気に入らないのか眉間に皺を寄せながら下野に尋ねている。

「んー、少し右に寄ったかな?」
「ちょっとだけな」
「じゃ、もう一射」

 北条はもう一本矢を取ると、最初の姿勢に戻った。
 流れるような動き。雑念を交えず、一射に集中。セルフレームの向こう側の瞳が細められる。視線は真っ直ぐ的だけを見ていた。
 北条の真剣な顔は滅多にお目にかからない。いつも笑っているかふざけているか。見慣れない顔に、一瞬、目を奪われた。

 タンッ。
 再びの音に我に返る。ほんのちょっとだけ格好良いとか思ってしまった自分が悔しい。
 今度は満足のいく一射だったのだろう。構えを解いた北条は満面の笑顔でこちらに手を振った。



「紫サーン! ちゃんと見てくれてましたかー?」
「見てたよ。矢を」

 照れ隠しの言葉は、ちゃんと本意を隠せていただろうか。

「違います! 僕をですよ!」
「ちゃんと真ん中に中ってたな」
「むー。じゃあもう一度射ますから、今度はちゃんと僕を見ていてくださいね!」
「わかった。今度は的を見ていればいいんだな?」
「紫サン意地悪です……」

 しょげながらも北条はもう一度矢を手に取った。



 お前が巧いのは良くわかったよ。
 だからもういいよ。これ以上私の知らないお前の顔を見せるな。
 お前が格好良いだなんて、変な勘違いさせないでくれ。

 だけどもやはり、矢を放つ北条から、私は目を離すことはできなかった。






『はなせない』



 その理由がわからないのは、気付いていないからか、それとも気付きたくないからか。


 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
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