≠優先順位 |
ソイツは同じ道場に通う同級生だった。 学校は違ったが、道場では数少ない同性の同級生の一人で、仲良くなるまでにさして時間はかからなかった。 そしてソイツが同じ高校に入学したと聞いたとき、当然のように 「高校生になったら一緒に部活できるな」 と言った。 するとソイツは少し首を傾げて答えた。 「うん。……でも多分、部活じゃ弓道はやらないと思う」 「ねえ下野君。北条君とは中学違うんだよね? それなのにどうしてそんなに仲良しさんなの?」 「…………」 俺は吉野の問いをわざとらしく無視した。 コイツはどうして、昼休憩でもない普通の休憩時間に、当然のように1−Aにいるんだろうか。お前のクラスは1−Cだろうが。次の授業の準備はどうした。 「それはね、高校に入る前から彼を知ってたからだよ」 俺に対する問いに、俺の代わりに答えたのは当の北条だ。 「えっそうなの?」 「うん。僕、下野と同じ弓道の道場に通ってたから」 「えーっ初耳! 北条君弓道の経験者なんだ!」 驚く吉野に俺は大きなため息をついた。そして北条に向けて言う。 「今も通ってる、の間違いだろ」 「あれ? 下野知ってたんだ」 「まあな」 北条が弓道部には入部しないと聞いて、俺は少なからず落胆したものだ。 弓道は正直マイナーな競技で、部員の人数も多くない。腕に覚えのある奴が同期にいれば、切磋琢磨しながら競い合っていけると思っていたのに。 それでも。 久方ぶりに訪れた道場で、北条が時折やってきては弓を引いていると聞いたときは、やはり嬉しかった。 「どうせ続けるなら弓道部に入れば良かったのに」 「うん。でも言ったでしょ? 高校になったら家の手伝いを本格的にやりたいからって。道場に顔出してるのも月曜日だし」 「そうだよな……」 運動部は練習や大会に縛られる。それを厭って北条は、部活という括りで弓道を続けることを止めたのだろう。 それでも……考えかけて俺は止めた。 俺は弓道部があるからこの学校を選んだ。俺の優先順位は弓道が一番だった。 北条の優先順位は弓道が一番でなかっただけのことだ。そんな北条が弓道部に入ったとしても、自分のモチベーションが上がるだけで、そのために他人をダシに使うのは間違っている。 「はーなーしーがー見ーえーなーいー!」 ガキみたいに頬を膨らませた吉野が会話に割って入ったのでムッとした。 見えるはずないだろう、お前の知らない話をしているんだから。 意地悪く言ってやろうかと思ったが、それより先に返した北条の台詞に毒気を抜かれた。 「ん? つまり、僕の優先順位は紫サンが一番ってこと」 「今の話のどこをどう解釈したらそうなる!」 「だって弓道部に入ったら紫サンと過ごす時間が減っちゃうし、うちの美容院の手伝いする時間も減っちゃうし、そうしたら一人前になるのが遅くなっちゃうし、一人前にならなきゃ紫サンにも認めてもらえないし」 「認める……って何を?」 「僕がちゃんと紫サンを養っていけますよって」 「キャー! プロポーズ!」 吉野が黄色い声を上げる。……喧しい。 だがそれ以前にクリアするべき問題が北条にはあるだろう。 「北条。まず告白してOKの返事をもらうところから始めろよな」 「ちゃんともらうから大丈夫!」 北条の強引なアプローチに鉄拳で返す先輩の姿を思い出して、俺は肩を竦めた。コイツは全く、とんだ物好きだ。 だがそれでも、北条が意外としっかり者で、ちゃんと自分の優先順位に従って計画的に動いているのはわかる。コイツはその言動ほど馬鹿ではないのだ。 キーンコーン、カーンコーン。 始業を告げるチャイムが鳴った。 「じゃあまたねダーリン!」 「誰がダーリンだ!」 慌ただしく吉野が帰っていって、俺はようやく落ち着いた気分になって教科書を開いた。静かすぎるように感じるのは、さっきまでが喧しかったからだ。きっとそうだ。 俺の一番は弓道で、それは変わらない。だから。 俺は後ろの席を見た。教科書やノートをを積み上げているだけで開こうともしていない北条を見遣る。 「北条。昼休憩に弓道場に来い。久しぶりにお前が弓を引くところを見たい」 「えー」 「鷹月先輩にも声をかければいいだろう。せいぜい格好いい姿を見せてやれ」 「わかった」 優先順位を変えると返答もすぐに変わった。俺は苦笑しながら前を向く。 禿げた頭の現国教師が、ちょうど教室に入ってきたところだった。 |