シーソーゲームと事故と責任問題



 


「紫サ〜ン……」
「なんだ」
「なんでそんなにつれないんですか……」
「これが私だ。不満なら構うな」
「嫌です」

 即答された。

「可愛い紫サンもちゃんと紫サンなんですよって僕言いましたよね? そんな特定の一面ばっかり見せつけないでください」
「嫌だ」

 私も即答してやった。

「私はもうお前のペースには惑わされない。遊びたいなら余所へ行け。……ああ、だがその前に、部紙の草稿を提出してもらおうか」






シーソーゲームと事故と責任問題



 子どものようにぶすくれた北条から、私は原稿用紙を受け取った。
 内容は前回と同じ読書感想文……から一歩踏み込んだ、部紙に連載しているお薦め本のレビューである。毎日の書き取りと二日で一冊を目標に読み込んだ本から、北条がどれだけのものを得たのか――試してみる意味合いでレビューを書かせることを決めた。
 原稿を斜め読みして私はふうんと感想を漏らした。……驚いた。思ったよりだいぶマシになっている。
 北条はなんだかんだ言いながらも頑張っていたので、それが実を結んだようで素直に嬉しい。

「どうですか?」
「思ってたよりはいいな。もちろん手直しするところは多々あるが……」

 言い終わる前ににへら、と笑顔になる北条を見て私は眉を跳ね上げた。

「人の話は最後まで聞く!」
「だって紫サンが褒めてくれたから……」
「良ければ褒めるし、悪ければ指導する。当たり前だ。故に書き直し!」
「えー……」

 またぶすくれたよ。ガキかコイツは。
 まあいい、放っておこう。対北条スルースキルを発動させた私は、赤いペンを手に原稿用紙に向かった。

「書き出しはいいな。これはこのまま生かそう。こことここは同じような言い回しを使ってるから、どちらか言い方を変えた方がいい。それから……」

 一通り校正し終わった頃には、原稿用紙は真っ赤になっていた。

「はい。これを元に書き直し。明日まで」
「……はい……」

 しおしおと、北条はうなだれたまま原稿を受け取った。
 さすがに厳しく当たり過ぎたかなと一瞬思い、否そんなことはないと内心で首を横に振る。
 だって。油断していたら、すぐに押し負ける。私はイニシアチブを与えるつもりはないのだ。

 と。



「痛……」



 北条が受け取った原稿用紙が私の指を擦った。薄くペラペラな紙はしかし意外と鋭利だと、痛みを持って思い知る。
 見ると右の人差し指の腹に、赤い線が走っていた。

「あ……ごめんなさい!」

 赤い線を眺めていると、叫ぶように謝った北条が私の手を取った。心配と申し訳なさがない交ぜになった、情けない顔。ああもう。北条がそんな顔する事ないのに。
 だが次に彼が取った行動は、私の予測の範疇を遙かに超えたものだった。






 北条は私の指を、

 ――躊躇うことなく口に含んだのだ。






 温かい感触が私の指を包む。驚きのあまり痛覚はどこかに行ってしまった。頭が真っ白になって、身動きも声を出すこともできない。
 しばらくして北条は指を離した。傷を矯めつ眇めつ検分して、すっかり血が止まっていることに満足したようだ。
 そのまま私の右手を大きな両手で握り込み――そしてまた爆弾を投下した。



「紫サン……キズモノにしてしまってごめんなさい! ちゃんと責任は取りますから!」



 トンデモ行動にぶっ飛んでいた意識が、トンデモ発言によって覚醒した。

 何……何を……



「……何をやらかしてくれんだお前はー!!」

 私の怒りの左ストレートは、マトモに北条の右頬を捉えたのだった。



「こんな傷で責任取られてたまるか!」
「ゆ……紫サンの照れ隠しって痛い……」
「…………お前という奴は……。どうしても私の逆鱗に触れたいらしいな……」

 二発目のパンチは利き腕の右、だがそれはあっさり北条に受け止められた。



「傷に障ったらいけないから、そっちは止めてくださいね」

 これが障るような傷か! と叫びたかったのだが、北条がまた心配そうな顔をしていたので、不本意ながらそれは自重する。
 その代わり、左の手刀の一撃を、彼の脳天にお見舞いしておいた。


 
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