ヒーローの言い分









「紫ちゃんいた?」
「旧校舎の外を回ってみたけど見付からなかったよ。」
「新校舎の図書室にもいなかったですー。紫センパイあの足でどこまで行っちゃったんでしょう?」

未だ紫の捜索活動は行われていた。
大海の言葉から逃げ出して早小一時間。
思い切り膝と脛の擦り剥いたままで紫は部室から姿を消した。
大きな絆創膏にガーゼが綺麗な足にあてがわれ、そんな怪我をも振り切っていなくなったのだった。





「……紫ちゃん怪我大丈夫かな?」
「今頃思い出したかのように傷んでいるかもしれないわね。」
「センパイ!?怪我の心配だけですか?見付からなかったらどうするんですか?」

今にも泣きだしそうななのにかんなと志乃はそっと寄り添うとにっこり笑って見せる。

「紫ちゃんは必ず見付かるわよ。」
「言い切りですか?」
「うん、だって北条君が逃す訳がないでしょ?」

その言葉になのも漸く落ち着きを取り戻したようで、こくりと小さく頷く。





「……さて、今頃痛みを思い出してるのなら、姫抱きは確定ね。」
「それじゃ、廊下に椅子を一つ用意しておこうか。」
「え、何の為にですか?」
「紫ちゃんの姫抱き姿をアタシたちに見せない為に、だよ。」
「紫ちゃん、見られたくないと思うの。」
「成る程……。」

そして廊下には一脚の椅子が部室の扉の横に添えられた。
怪我をした彼女を待つために。





さてはて、部室でそんなやり取りが成されている頃――。
階段の踊り場でひっそりと息を潜める影が一つ。

(……痛っ。そういや怪我してたんだった。)

自分の足を見下ろして、ズキズキと瘡蓋になりかけていた箇所が裂かれるような痛みに見舞われていたのは怪我のまま逃げ出した紫だった。
今、紫が身を隠しているのは旧校舎の半地下にある演劇部の部室の前である。
この場所ならば演劇部員以外は普段は近寄らない。
少なくとも大海は知らない場所だ。
そこが一番紫の中で重要であった。また姫抱きをされたら堪ったものではない。怪我の痛みがぶり返した今、その確実性は限りなく高いのだ。そして大海なら遣りかねない。

足から送られる痛みの信号に顔を顰める。さっき大海から逃げ出した時に真っ直ぐ部室に戻れば良かった。そんな後悔も沸き上がり、溜め息となる。





もう一つ溜め息を吐いたその時だった。長い影がゆらゆらと目の前で動くのを感じて紫は身構える。
嫌な予感。
そして残念ながらその予感は当たってしまう。
タンッと軽快な足音共に現れる。

「……紫サン、見付けた!」

大海は額に薄ら汗をかき、大きな肩で荒々しい呼吸をしていた。

「……北条……。」

その名を口にして再び逃げの体勢に入る紫を大海の長い腕が阻む。

「もう逃しませんよ。」
「どけって。」
「部室に戻ってないから、きっと何処かで痛みに動けないでいるんじゃないかって思ったらその通りだし。」
「私は自力で戻れる。だから、この腕どけろって。」

そう阻まれる境界を避けるように紫は立ち上がろうとした。が、しかし。ズキンッと負傷した軸足に痛みが走り、よろめいてしまう。
そんな紫を大海はその長い腕でそっと受けとめる。
紫はそんな腕に苛立ちを覚えた。

「自力で戻れるって言っただろ!」
「目の前の紫サンの姿でそれは説得力ありません。」 
「良いから放せ。」

長い腕を振り払うと足を引き摺りながら歩き出そうとすると大海は紫の細い腕を強く掴んで紫の動きを止めた。
当然紫は更に苛立ちを隠せなくなる。

「何のつもりだっ!?」
「それはこっちの台詞です!紫サンは他人を大切に出来る人なのに何で自分を大切にしないんですか!」

至極真っ直ぐな言葉が紫の動きを止めた。

「まず自分を大切にしなければ、他人も大切に出来ませんよ?」
「それは何だ?私にお前の手を借りて戻れってことか?」
「この状況下ではそうなりますね。僕しかここにはいませんし。」
「いい、痛みが無くなったら自力で戻るから。」
「でも血が滲んでいるでしょう?手当てが先です。」





押し問答の繰り返し。
どちらも自分の言い分を譲らない。
心配な眼差しを真っ直ぐ向ける大海と。
大海にやはり負けたくない紫と。

それでも紫の足の痛みは止まることを知らなかった。
紫の微妙な表情の変化を大海が見逃す訳がない。





「痛いんですよね?紫サンはもっと自分を大切にするべきです。」
「平気なんだから放っておいてよ。北条には関係ない。」
「大いに関係ありますよ。関係なければ必死になって貴女を探したりしません。」

二人の声が次第に加速し出す。

「お前に説教される筋合いはない。」
「でも言わなきゃいつまで経っても自分のこと大切にしないでしょ!」
「いいから構うなっ!」





紫の一言で辺りの空気はしんと静まり返った。その空気の中を真っ直ぐ切り開くワントーン低い声。

「これ以上言わせたら本気で怒りますよ、僕でも。」

大海の目は本気の色を帯びていた。それはいつも傍にいる紫には十二分に伝わっていて、そのまま大海から視線を反らすと痛みの広がる足に観念したかのように目線を落とした。

それは大海に紫がこれ以上何も言わないサインとして伝わる。
ゆっくりと大海は紫と同じ視線に腰を下ろした。

「それじゃあ、また抱き上げますから。しっかり捕まっててくださいね。」
「……後半は嫌だ。」

紫の小さな抵抗に大海は柔らかい笑みを浮かべて、自分の学ランを紫の足に掛けると優しく彼女を抱き上げた。
先程とは違う感覚が大海の中にも紫の中にも広がる。
 
(やっぱり紫サンは不器用だな。こんなゆっくりとした時間が幸せだ。)
(やっぱり北条の睫毛は長いな。体もこんなにしっかりしてたのか。)

紫は自分の無意識に心の中で呟いた言葉を反芻するとカッと顔に熱が集中する。

(私は何を考えてるんだ。)

「あれ?もしかして紫サン、また照れちゃってます?」

嬉しそうにそう問い掛けてくる大海の胸へ紫は頭を勢い良くぶつけるとそのまま黙り込んだ。

「うっ、こんな時でも容赦ないなぁ。」

(こんな時だからこそ、だっ!)

紫は大海の胸にぶつけた頭を表情が見えないようにそのまま顔を埋めた。彼の奥から規則正しいけれども早い鼓動が聞こえて来る。そしてその速度が自分と同じである事も知る。

こんなはずではなかったのに、と二回も大海にお姫様抱っこを許してしまった自分を嘆いた。

でも居心地は思ったより悪くはなさそうだ。あくまでもこの状況での話ではあるが――。





紫を抱き抱える大海と。
大海に抱き抱えられる紫と。
長く短い二人だけの時間も残り僅か。





部室の前には彼女を座らせるための椅子が待っている。
でもこの一時が紫の中に少しでも跡として残ることを大海は瞳を閉じてしまった紫を見下ろしながら、そっと想った。





ヒーローの言い分

(それでも不器用なヒロインに惹かれて止まない。)
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
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