ワンコと躾と友人の金言 |
困ったことがあったって、まず自分でなんとかしてみるのが私の流儀。 最初から他人に頼るなんて性分が赦さない。 だけど。 「スミマセン私では手に負えないのでなんとかしてください」 らしくもなく私は泣きついた。 「あらあらまあまあ」 北条への対処に困って泣きついた相手は、同じ文芸部のかんなちゃんと志乃ちゃんで。 恥も外聞もなく洗いざらいぶちまけて、返ってきた第一声がそれだった。 ……この場になのっちがいないのは先輩としてのせめてもの見栄を張りたいが為である。 「『あらあらまあまあ』じゃないだろかんなちゃん!」 「紫ちゃんを手玉に取るとは……やるね北条君」 「志乃ちゃんも感心しない!」 「……とりあえず、お茶でも飲んで落ち着きましょうか」 私はかんなちゃんのとっておきのダージリンを、水でも飲み干すかのように一気に飲み下した。熱い紅茶が喉を灼く。せっかくの味もわからない。 「……紫ちゃん……熱くない?」 「猫舌じゃないから大丈夫」 「返答が支離滅裂になってきつつあるあたり、本当に余裕なさそうねー」 志乃ちゃんが呆れたように笑った。 余裕? 無いともそんなものは無い。あれば二人に泣きついたりしない。 『全力で相手する』宣言から三日。 私は北条に――全力で押し負けていた。 今日も今日とて笑顔で私の懐に入り込んでこようとする彼に、どうしていいかわからなくなって部室に逃げてきたのだ。 逃げるしかできない自分がもどかしくて仕方ない。 「なんでアイツに勝てないかな……」 ボヤいた私にかんなちゃんと志乃ちゃんが肩を竦めた。もうこの際だから忌憚のない意見を言ってくれ。視線で促すとまず志乃ちゃんが口を開いた。 「紫ちゃんてさ、実は結構、恋愛の押し押しに弱いよね」 そうかそれは新しい発見だ。ちっとも嬉しくはないが。 「それでも、ただ強引なだけならバッサリ切るんだろうけど、北条君が純粋素直で放っておけない一面があるから拒めないんじゃない?」 ほら以前彼のこと犬みたいっだて言ってたじゃん。志乃ちゃんに言われてそう言えばと思い出す。確かに、最近のアイツは躾のなっていない大型犬だ。 かんなちゃんがやんわりと続ける。 「紫ちゃんに対する北条君の真摯で実直な言動に偽りはないと思うの。それが彼の真実で、他人の真実を否定するなんて紫ちゃんには出来ないから、勝てないんだと思うわ」 「……それって私はずっと北条に勝てないってことじゃん」 「そうよ。あくまで勝ち負けに拘るんならね」 かんなちゃんの言葉が辛辣に聞こえるのは、多分自分がそう自覚しているからだ。 でも。 「じゃあどうすればいいんだよ私は? どうしていいかわからないのに、どう対処すればいい!?」 「うん、もう素直に飛び込んじゃえば?」 「異議なし」 「大いに異議あり、だ!」 とんでもない意見が出てきて私は目を剥いた。なんてことを言い出すんだ二人とも。 だってねえ、と呆れた調子でかんなちゃんが言う。 「対処する必要があるの? 勝とうとするから負けるんだし、いっそ一旦受け入れて紫ちゃんなりに咀嚼してみたらどう? 分からないなら、分かるまでは流れに身を任せてみるのも手だと思うわ。だって、流れに無理に逆らうのは疲れるだけだし、無理に反対側だけを見るから、状況が分からなくなってるだけなんじゃない?」 うんうん。さもありなんと志乃ちゃんも頷いた。 「どうせこのままじゃジリ貧よ。紫ちゃん、北条君のこと苦手なだけで嫌いな訳じゃないでしょ?」 「……嫌いだもん」 「じゃ、ちゃんと嫌いだって態度を露にすればいいじゃない」 ある意味至極真っ当な意見に、私は賛同できなかった。答えに詰まる私を見て、やっぱりね、と志乃ちゃんは笑った。 「紫ちゃんが、そんなの本気で出来ないことくらい、ちゃんとわかってるよ。懐いてくる相手を無碍にできるような人じゃないもん、紫ちゃんって。 ――だから可愛く嘘なんてついてないで、苦手だからこそちゃんと向き合おうと思っちゃいなさい」 たしなめる志乃ちゃんの言葉がくすぐったい。 私は二人が大好きだし、二人の言に理があることは認める。 だって第三者の目線で見れば、北条は決して悪いヤツではないし、自分に懐いて尾を振るワンコのような後輩だ。 ただ、最近、おいたが過ぎるだけで。 「――そうだな。躾のなっていない犬は、しつけ直せばいいだけだな」 私はそう結論づけた。 うわー。志乃ちゃんの漏らした嘆息が少し気になったが、そちらを見やっても曖昧な笑顔を浮かべるばかり。 私は結局愚痴りたかっただけなのだろう。吐き出したことですっきりし、さらに打開策らしきものを見いだしたことでなんだか前向きになった。 甘やかしてくれる大切な友人に感謝である。 「ありがとう、二人とも。私、図書室に戻るから」 善は急げとばかりに私は踵を返すと扉をくぐって廊下に出た。パタン。 「今までの流れから、結論はそっちに行くんだ……」 「まあ……なるようになるでしょう」 部室に残った二人の声は、私の耳には届かなかった。 |