わかりにくい優しさをありがとう



 


   『本日中庭美化活動』

 活動計画を記してあるホワイトボードには、でかでかと殴り書きがしてある。この癖のある字は紫のもので、初めて目にした活動計画を声に出して読み上げてから、なのは、二度、三度、まばたきをし、背後に立つ志乃に尋ねた。

「……ってなんですか?」
「行けばわかるよ」

 ロッカーから軍手を引っ張り出しながら志乃は答える。

 軍手って何!? 文芸部の新ユニフォーム!?

 それでも素直に渡された新品の軍手を受け取った、脳内疑問符だらけのなの(思考暴走中)は、促されるままに志乃に付いて部室を出た。






わかりにくい優しさをありがとう



 中庭に出ると、先に来ていたらしいかんなが手を振った。

「紫センパイは?」
「あっちよ」

 用務員だろうか、麦わら帽子の初老の男性と共に紫が小柄な女性と話をしている。足元にはたくさんの花の苗。
 女性が男性に頭を下げた。そして紫の頭をポンポンと撫でる。笑顔になった紫が女性にハグをした。

「ちょっ……あの羨まし……じゃなかった可愛いヒトは誰ですか!?」
「彼女は鷹月真雪さん。近くのお花屋さんの店員さんよ」
「たかつき……ってまさか?」
「うん。紫ちゃんのお姉さん」

 小出高校OGで学校近くの花屋に勤務している紫の姉・真雪は、時々学校からの委託で花を届けているらしい。
 しかし小出高校に園芸部はなく、用務員の麦わら帽子のオジサンだけでは手が足りない。紫と真雪の縁もあり、皆花が好きなこともあり、文芸部が中庭の手入れの手伝いをしている――と言う説明が志乃からなのに成された後で、はい、とバケツと移植ゴテが渡された。

「まず草取りから始めましょ」



「きゃ〜! ミミズ、ミミズ出た〜!」

 悲鳴を上げるなの。即座に紫の叱責が飛ぶ。

「なのっち。ミミズは土を耕してくれる貴重な生物なんだよ。丁重に扱いなさい!」

 うねうね。直視しがたくてなのはスコップでミミズを埋め戻した。大丈夫これは土葬じゃない。
 次の草をむしったら、今度はコロンと丸まった茶色いイモムシが現れた。半ベソのなのは志乃に尋ねる。

「志乃センパイ……この茶色いイモムシは……」
「それは花の根っことか食べちゃう害虫だから、鳥に片付けてもらおうね」

 ひょい。志乃は躊躇うことなくイモムシを拾い上げ通路に放った。

「志乃センパイ……言動が紫センパイみたいです……」
「アタシもだいぶ紫ちゃんに感化されたのかしら」

 笑いながらイモムシを投げた方を見ていると、スズメより大きな茶色っぽい鳥が飛んできた。そして地面で蠢く幼虫を拾うと素早く飛び去った。

「ホントに鳥が片付けてくれたー」
「今のはモズ。このあたりを縄張りにしてるから、庭仕事をしてれば近くに寄ってくるよ」
「どうしてですか?」
「人が庭をいじると、虫が出てくるでしょ? それを待っているんだって。良く知ってるよね」
「志乃センパイ、詳しいですねー」
「まあね。……でも、アタシのも受け売りなんだけど」
「受け売り? 紫センパイとかですか?」

 志乃は薄く微笑んで、その問いかけには答えなかった。



 だいぶ中庭も綺麗になってきた。ツンツンと尖った、少し元気のない葉っぱが生えていて、それは雑草だろうか何だろうかなのは迷った。
 抜くべきか、抜かないべきか。迷っていると背後から影が差した。

「……それ」

 ボソボソと小さな声が影の差した方から聞こえる。

「抜かないで。植え替えるなら葉っぱが枯れてからにして」
「え?」

 振り返ると、よれた白衣の後ろ姿。言いたいことだけ言ってすぐに立ち去ったらしい。

「あれって……」
「生物の椎名先生だよ」

 答えた志乃が細い葉っぱを見て目を細めた。

「……クロッカスかあ。花が咲いてないとわかり辛いよね」
「クロッカス……って確か、春に咲く小さな花ですよね?」
「うん。花が終わったら、葉っぱで栄養を作って球根に貯めてるんだよ。それを糧にまた来年花を咲かせるの。だから、葉っぱが枯れるまで植え替えないで、って」
「へー。でも良く葉っぱだけでわかりますね」

 何の気なしに問いかけると、志乃は笑った。



「アタシの好きな花だからね」



 志乃の綺麗な笑顔に、なのは見惚れた。
 それは普段彼女が見せる笑顔とは違うように見えたけれど、それがどう違うのか、今のなのにはわからなかった。

「じゃあクロッカスは、このまま残しておきますね」
「うん。そうして」

 なのはクロッカスを避けて草取りを再開した。意識が花壇に戻ったのを見届けてから、志乃は旧校舎の入口に目を遣った。
 そこに彼の人は居る筈もなく。
「……相変わらず、人以外には優しいんだから」

 小さく呟いた志乃の声はなのには届かなかった。え? と問い返す可愛い後輩になんでもないと返しながら、志乃も再び花壇に向かった。
 わかりにくい優しさを受けて咲くだろう、来年のクロッカスに思いを馳せながら。


 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
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