不機嫌プリンセス









触れられた、大海に。
それを反射的に跳ね退けて、部室を飛び出した紫はぐるぐる思考を巡らせながら、とある日の出来事の回想を始めた。





あれは不意な事故と大海の自己だったんだ──と繰り返す。





ある日の出来事。
部員の全員が揃う文芸部に脚を組み、頬杖を着き、あからさまに膨れっ面をした部員が一人。
視線は明らかに部屋の天井の隅に向けられている。意図して見ていると言うより、何かから視線を反らしているようだった。

そんなクールビューティーの前には『なんでそんな顔をするの?』と堂々顔に書かれた大型犬のような眼鏡男子が紫を見つめている。
紫の足には痛々しい傷の手当ての跡があった。





「紫サン、そんなに怒ることでした?」

先程から何度か投げ掛けられる大海に紫は口を閉ざしたままだ。
ただ膨れた頬がご機嫌麗しくないのは一目瞭然だった。

「北条くん、紫ちゃんに何かしたの?」

二人の進展しないやりとりにかんなが割って入った。大海は大きく首を横に振ると、僕にも分からないんですと答える。

「たださっきの授業で……。」
「北条っ!そこから先を言ったら承知しない。」

大海の言葉に重なるように言葉を続けたのはご機嫌斜めの紫だった。
そしてそのままクルッと紫は後ろを向いてしまう。ほんのり頬が紅潮して見えるのは気のせいだろうか。




「あっ、さっきの授業ってA組の体育?」

大海を抑えたと思ったら、今度は思わぬところから声が上がった。
その声に紫は再びこちらを向いて綺麗な髪をなびかせながら、声の持ち主に顔を寄せた。

「紫ちゃん、近い近い。」
「いいなー。佐伯先輩。」
「北条は黙ってろ!」

残念ながらセーラー服には襟元がないため、紫は何かを知っているらしい志乃のスカーフを優しく掴むと笑顔で訊いた。

「で、志乃ちゃんはどうしてAクラスが体育だったってしってるの?」
「いやぁ、数Uの授業が退屈で窓の外を見てたらさ、丁度一年と二年のA組が体育だったのが見えたから……。」
「で?」

紫の顔は更に志乃に近付いた。
それを更に羨ましがる大海を紫は無視して志乃の言葉の続きを待つ。小出高校の校庭は広い。一度に2クラスが体育を行うことも普通だった。

「……え、紫ちゃんと北条くんがいるかなと思って見てたら、」
「うん?」

スカーフに徐々に力が入るのを感じながら、志乃は紫からソロッと視線を泳がす。

「紫ちゃんがハードル走でぶっ千切り一位で走ってるのを偶然見掛けて……最後のハードルに足を引っ掛けて倒れたのを見たの……。」
「え、紫センパイの怪我はそのせいなんですか?」
「痛かったでしょうに。」

なのとかんなの言葉をにっこりと笑顔で制すると紫は志乃に耳打ちをした。

「……見たのはそれだけね?」
「え、ううん。その後アリカちゃんが紫ちゃんの下に駆け寄るのと同時に北条君が物凄い勢いで走って来て、紫ちゃんをお姫様抱っこしてグラウンドから姿消しちゃった……。」

はっと口をつぐんだ時には既に遅そし。紫の小声とは対象に志乃の声は同じトーンで答えたものだから部室全員に筒抜けとなってしまった。

「志〜乃〜ちゃん〜?」

飛び切りの笑顔の筈なのに、青筋が走る紫の顔。
これで紫がさっきから不機嫌な理由がかんなとなのにも解った。
 
「紫ちゃんが照れるのも解るけど、緊急時だったんだから仕方ないじゃない?」

柔らかくそう紫に問うかんなに大海も賛同する。

「そうですよ。紫サンが転んだ瞬間の僕の気持ちが解りますか?」
「解るかー!余計なことしてくれて、全く!」
「えー、でもぉ、最高のシチュエーションじゃないですかぁ!」

なのは妄想モードに入ったのか手を握り締めながら、目がキラキラ輝き始める。

「ど、こ、が、だ!姫抱っこだなんてこっちは望んでない!」
「……でも紫サン軽かったなー。やっぱり紫サンが女の子で良かったなって再確認しました!」

紫の言葉に真逆の言葉で返す大海。
紫はその言葉に顔を益々赤くさせた。

「感想とか要らないから!と言うか言うな。思うな。感じるな。」
「無理ですよー。全て抱き上げた時の感覚は僕の中にインプットされましたから。もっと具体的に言いましょうか?先ず、肌が肌理細かで……。」





それを最後に気が付いたら紫は部室から忽然と姿を消していた。

「逃げられましたね。」
「北条君が煽ること言うからでしょーっ!」
「煽り始めたのは佐伯先輩の言葉だったのに?」
「はいはい、これから大事な部会があるんだから皆で手分けして紫ちゃんを探しましょ。ほら、なのちゃんも現実へ戻ってらっしゃい。」





かくして、この後逃げ出した紫を見付けたのはやはり鼻と勘のいい大海だったとか、なかったとか。





「こーんなとこに隠れちゃって。このまま逃げ回るとお姫様抱っこで無理矢理部室に連れて帰りますよ。」
「……触るな!」
「……あ、また逃げられちゃった。」





不機嫌プリンセス

(またプリンセスを見付けるのはプリンスの役目。)
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