噂と真実とリアリスト



 


 放課後。
 クラスメートで中学からの友人のアリカこと有森和美が、こちらを見ながら意味深にニヤついているのを見て、私は眉をしかめた。
 嫌な予感しかしない。しないが放っておくのはもっと嫌な予感がする。だから仕方なく声をかけた。

「……何ニヤニヤしてるんだよアリカ」
「いやぁ? こないだゆかりんがオトコ連れて歩いとったって聞いたもんやから」

 やっぱりそのことか。予想はしていたので返事はあっさり返せた。

「それが?」
「否定せんっちゅーんは事実なんやな」
「部活の後輩に、ポスター貼るのを手伝ってもらってただけだけど」

 間違ってはいない。彼がポスターを貼るのを手伝ってくれたのと、文芸部に入部(保留だけど)したのと、順序が入れ替わってはいるけれど。
 説明すると余計な好奇心をかき立てるのは目に見えていたので、敢えてそこは説明しなかった。
 それでもこのトピックはアリカの中ではほじくり返したくて仕方ないものであるらしく、追求は止む気配を見せない。

「せやけど、ゆかりんなら『一人でやる』いうて言いそうなもんなのになあ」
「私だって脚立無しで楽々ポスターを貼って回れるならそうしてたよ」
「なんや親しげに話しよったってことやけど?」
「あれを『仲良く』って言うんなら、噂を流した奴は眼科を受診してこいって言いたくなるわ」

 矢継ぎ早の質問にも淡々と返すと、アリカはあからさまにガッカリした表情を浮かべた。

「……なんや。ロマンスの話やないんかいな」
「ないない」

 そんなものは欠片も存在しないときっぱり拒否してやる。だが。



「ま、ガッコじゃもう噂になっとるけどな。どんなオトコもバッサリ切り捨てるクールビューティーが、オトコと歩いとったって」



 アリカはゴシップの類が大好物だ。そのアンテナは広く深く張り巡らされており、学校中の生徒及び教師の恋愛相関を把握しているとかいないとか。
 きっと私の噂もアリカの情報の中に記されるのだろう。私はため息をついた。

「どうして噂になるかな……」
「ゆかりんは自分の価値を知らへんからなあ」

 事も無げにアリカは言う。自分の価値って一体何だ。

「私は私だ。それ以上でも以下でもない」
「そんなゆかりんが魅力的やって人も、ぎょーさんおるってこと」
「アリカに言われるのは嬉しいけど、知らない他人に言われるのは嬉しくない」
「嬉しいこと言うてくれるなあ、ゆかりん。でも」

 私の台詞に笑顔になったアリカが言葉を継ぐより早く、にっこり笑顔を返しながら私は言う。

「私の世界が狭いこと、アリカは良く知ってるだろう?」






 ――私はどこまでもリアリストである。

 現実に生きて夢を見ない自分は実に面白みに欠ける人間だと自分で思う。
 恋愛なんて夢の最たる物で、上っ面しか知らない相手を好きになったりだとか、よく知りもしない相手に憧れたりだとか、そもそも異性に恋愛感情を覚えたりだとか、私に言わせれば有り得ない。

 ――でも私は、それでいい。

 私の世界が狭いのは、自分で世界を広げる努力をしていないから。
 それはわかっているけれど、今のぬるま湯のような居心地の良い世界に、私はずっと浸っていたいのかも知れない――



 ――ああ。こんな自分が嫌になる。
 でもお願い。誰も私を変えないで。






噂と真実とリアリスト



「……紫」

 幾分真剣な声で、彼女が私を呼び捨てた。それはアリカではなく親友の和美として対したい時だ。私も真剣な目で彼女を見る。

「アンタもうちょい、自分を好きになりな」



 ――何も答えられなかった。
 私を良く知る親友の言葉は、真実なだけに耳に痛かった。


 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
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