テラウォーマーズ −とある二人の誕生日−A



 


「な……な、なんですかコレ!?」

アタシは思わず叫んでいた。



家から一時間程のところにある、大久野自然史博物館。来たことはないけれど、行ってみたかった場所ではある。
そんな影響を与えたのは、まぎれもなく先生なんだけど。……まあそれは良い。
問題は──



「なんですかこの特別展!?」
「テラウォーマーズ……太古よりの使者、って書いてあるよね……」
「なんでコレが太古なんですか!? 使者って言うかコレむしろ刺客ですよね!? なんでこんな、こんな……」



そこまで言ってアタシは言い淀む。握りしめたチケットはふるふると震えていた。
口にしたくない。認めたくない。だけど手の中のチケットには、確かにその旨が書いてあるのだ。



「……ゴキブリの展示なんて観たいんですかっ!?」



そう。
今回、先生がどうしても観たいと言い張った特別展は、

──ゴキブリの展示を主としたものだったのだ。



「だって……普段見られないゴキブリが観れるっていうから……」
「ゴキブリはゴキブリでしょう!?」
「うん、だから、珍しいゴキブリ」

ほら行こう、先生の方からアタシの手を握って、そしてグイグイと引っ張っていく。普段なら舞い上がって喜びたいところ、だけどアタシが連れて行かれる先は、……ゴキブリの巣窟である。

「先生、アタシまだ行くって……」
「行きたいって言ったじゃん、昨日」
「そりゃ……」

浮かれて気づかなかったアタシのミスです。そんなことを今更言ったって、ワクワクに目が眩んでいる先生の耳には届かない。
そうしてアタシは、博物館の中へと連れ込まれた。






「ゴキブリが出現したのは約三億年前の古生代石炭紀で、「生きている化石」ともいわれているんだ」
「……ヘー……」
「日本における最古の昆虫化石もやっぱりゴキブリで、三畳紀の地層から前翅が発見されたんだ」
「……ふーん……」
「今では熱帯を中心に、全世界に約 4,000 種、日本には南日本を中心に 50 種余りもいるんだって。それで世界に生息するゴキブリの総数は 1兆 4853億 匹ともいわれていて、日本には 236億 匹(世界の 1.58%)が生息するものと推定されているんだ」
「…………先生……解説なんて必要ありませんね……」
 
解説の文字なんてひとつも追っちゃいない先生の、無表情に見えてテンション高めな横顔を見ながら、アタシはコッソリとため息を吐いた。
何が悲しくて、誕生日にゴキブリの解説をされなきゃいけないんだろう。そしてその解説者は、どうしてこうも楽しそうなんだろう。

「ほら志乃、あれが世界最大のゴキブリ、ナンベイオオチャバネゴキブリだよ」

彼が興奮している時は、口調が常になく滑らかで饒舌だ。促されてついそちらに目をやったアタシは心底後悔した。……さすがに十センチオーバーのゴキブリは気持ち悪い。

「隣は日本最大種のヤエヤママダラゴキブリだって。……なんか小さいね」

……ごめんなさい先生。十分に大きいです。

その後も先生の解説は続く。それは知識欲を満たすには十二分な話であり、また先生を独占するという意味では最良の時間であった。先生はアタシのためだけに、知識を披露してくれているのだから。

……だけど。



「あれはヨロイモグラゴキブリって言って、さっきのナンベイオオチャバネゴキブリより重いゴキブリなんだよ。翅は退化してて、地中に巨大な巣を作って家族単位で生活しているんだ……」

説明するのが楽しくて、アタシの方をちっとも見やしない先生と。

「あの人すごいマニアックだね……」
「彼女さん、なんだか困ってない?」
「話自体は面白いんだけどねー」

そんな周りのヒソヒソ声に耐えられなくなったアタシは、



「……先生、ちょっとこっちへ!」



先生の手を掴むと、ゴキブリゾーンを小走りに通り抜けた。



 
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