日々感思流汗之行10 |
団体戦の結果は、女子は初戦敗退。男子はギリギリで県大会出場を決めた。 互いの労をねぎらいながら、それぞれ荷物をまとめ、会場を後にする。電車で帰る人、迎えに来てもらう人。私は迎えがあるからと、皆と帰ることはしなかった。 「紫……」 「モカ、また明日、学校で」 「あのね、やっぱり……」 「しつけーぞモカ。お前はフラれたの。だからいい加減諦めろや」 「フ……フラれてなんかないもん!」 「ハイハーイ。良いから帰りますよー」 「待てこら、離せバカトラ!」 なかなか帰ろうとしないモカを、穂高が無理やり引きずっていく。私は安藤と顔を見合わせて苦笑した。 「……あの二人は、変わりそうにないな」 「そうだな。だが……」 「何?」 「鷹月は、良い様に変わったな」 安藤の眼差しも、昔と同じで。 私は、彼に向かって頭を下げた。 「安藤……お前にも言ってなかった。ありがとう、見守っててくれて。ずっと私の意思を尊重してくれて、ありがとう」 「礼などいらん。お前は……ずっと、仲間、だからな。これからも」 「……うん」 ではまたな、軽く手を上げた彼も、二人を追って駅の方へ歩いて行った。 防具袋を担ぎ、竹刀袋を抱えて、私は皆とは違う方向に歩く。人が疎らになった場所に、案の定、彼はいた。 ──背の高い姿を見つけて、無性に嬉しくなった。 「お疲れ様でした、紫サン」 「ただいま、北条」 「……お帰りなさい」 彼の柔らかいテノールが、私を出迎えてくれる。くすぐったいけど、それがとても嬉しい。 一番重そうな防具袋を持ってくれようとする、彼の申し出は断った。自分の剣道具は自分で持たなければいけない、それは小学校の時に叩き込まれた習慣だ。 代わりに水筒やタオルや細々したものが入った小さなトートバッグを持ってもらう。そしてそのまま、ゆっくりと二人で歩いた。 「紫サン、すっごくカッコよかった」 「やめてくれ、照れるから。……でも、今の自分が出せる全てを出したよ」 「スッキリ、しましたか?」 「ああ。終わったよ、これで。全部」 「……良かった」 「明日から、文芸部に戻るから」 「はい」 「……剣道は辞めないけどな」 「はい……え?」 何気無しに同意して、その後で私の言葉に気づいて。 北条の驚いた顔は極めて珍しい。私はクスリと笑って、それから続けた。 「明日から、優先順位は文芸部が一番になる。文化祭の準備、遅れを取り戻さなきゃな。 だけど今回のことで、私はやっぱり剣道が好きだな、って再確認したんだ。だから、たまには道場の方に顔を出したいなって、そう思った」 「……そうですか」 「あれもこれもって、欲張りだよな、私」 「そうですね……でも」 言いかけて北条が足を止める。私もつられて止めて、そして、 「……僕も同じだから、おあいこです」 悪戯っぽく笑う彼の笑顔に、呑まれた。 「同じ、か……」 「ええ。家の手伝いをして部活も頑張って、時々弓道の道場に顔を出して。それ以上に紫サンが一番で。あれもこれも欲張ってますもん」 「そうかもな」 私も笑った。欲張っていると言う北条は、だからこそ頑張っているのだ。 私はどうだろう。怒涛の四週間だったけれど、いろんな意味で踏ん切りがついた。過去、現在、未来。止まっていた時が動き出して、……そして、繋がった。 頑張ろうと思う。やりたいことを全部。 いろんなことを感じて、考えて、そのために頑張ろうと、そう思えた。 …日々感思流汗之行 「……それで、今日これからの紫サンの優先順位は?」 「差し当たっては家に帰って、シャワーを浴びて着替えたいよ。それが一番かな、いっぱい汗かいたし」 「それから?」 「そうだな……その後は、お前と……」 「僕と?」 「一緒に、居たいかな」 「……喜んで」 北条がはにかむように笑って、私も少し照れ臭くなって笑った。 それから二人でゆっくりと、茜空の帰り道を歩き出した── |