日々感思流汗之行9



 


「なのちゃん、泣いて悔しがってたわね……」
「『どーして紫センパイの試合が弓道部と同じ日にあるんですかっ』なんてアタシたちに言われても……仕方ないよね、新人戦のシーズンだし」
「『紫センパイの勇姿をムービーに撮ってきてください!』とも言っていたけど……応援に行かないとそれはそれで拗ねるでしょうねえ……」

 ──だから、と、相澤センパイは続けた。

「紫ちゃんの応援はあなたに任せるわ、北条君。しっかり応援してきてね」
「応援に集中しすぎてムービーが撮れないこともあるかも知れないけど、その時はちゃんとフォローしてあげるって!」

 グッと親指を立てて見せる佐伯センパイと、にこやかに笑う相澤センパイに、僕は深く頭を下げた。



 ──そして今、僕はここにいる。
 会場は、隣の市の体育館。アリーナにも観客席にも、人は驚くほど多い。
 果たして、こんな場所で紫サンが見つけられるだろうか。そんな僕の心配は、杞憂に終わった。
 僕の目はすぐに、長い髪を一つ括りにした彼女の勇姿を捉えたから──










 せっかくだから個人戦も、と言うモカの申し出を、私は断った。
 私は正規の部員ではないから、後輩たちの邪魔はしたくない。個人戦のある土曜日は見学に徹して、いざ、日曜日。
 団体戦の相手は向ヶ原、県大会の常連校だ。初戦から厳しい相手に当たってしまった。でもだからと言って、私のやることは変わらない。
 ポジションは先鋒を、と言われたけれど、敢えて副将を希望した。試合の順は四番目、大将であるモカに繋げる役目だ。やり慣れない場所ではあるけれど、やるべきことはただ一つ。チームのため、モカのために、少しでも有利な状況を作ることだ。

「まず初戦! ここを取って、勢いに乗ってこう!」

 モカの声に、応、私を含む四人のメンバーの気合いの声が唱和した。

 ──そして、試合が始まった。



 先鋒は二本負けを喫した。次峰は引き分けたものの、三人目の中堅が、今私の目の前で二本目を取られてしまった。
 これで0勝2敗。もう、負けられない。それどころか、こちらの取得本数はゼロである。私もモカも一本も取られずに二本勝ちして初めて五分──決定戦に持ち込むことができる、そんな極めて不利な状況だ。
 でも私はこの流れを断ち切って、モカに繋げなければならない。私で試合を終わらせることは、絶対にできないのだ。

「紫……頼むわよ!」

 モカの小さな叫びに、私は笑顔で応じた。



「始め!」

 主審の鋭い声と同時に、私も相手も立ち上がる。上背も体格もかなり良い相手だ。上から叩き下ろす様な面が、遠い間合いから飛んでくる。

(でも……見える)

 間合いは穂高より近く、剣先のスピードは安藤よりずっと遅い。一旦間合いを切って対峙し直すと、一撃目と同じ様に飛んでこようとした相手の手元を打った。

「小手あり!」

 赤い旗が三本上がる。私の背中のタスキの色は、赤。絶対に必要な、一本目を取った。
 試合が再開する。あっさりと小手を取られて、相手はなかなかこちらの誘いに乗ってくれなくなった。さあどう攻めようか、迷う私は、『背の高い相手に面打ちを臆するな』と言う安藤の言葉を思い出す。
 誘いをかけて、相手が怯んでからの面打ちは、僅かに逸れた。一本にならなかったことに安堵した、相手の顔が見えた。
 ──すれ違いざまに振り返った私は、空いていた胴に竹刀を叩き込んだ。

「胴あり! 勝負あり!」

 わあっ……、ギャラリーの湧く声。そして拍手。弾む息を整えながら、コートを出る。入れ替わりコートに入っていくモカと、拳を合わせた。

「……任せた」
「任された!」

 真っ直ぐに相手を見据え、意気軒昂と中央に進むモカは頼もしい。やれることはやった。あとはモカの勝利を信じるだけだ。
 主審が試合開始を告げる声を、私は面紐を解きながら聞いた──






「ごめん……ごめんなさいみんな……」

 モカが泣いている。後輩たちも泣いている。
 結果はモカの一本勝ちだった。勝ちはしたものの、あと一本が取れなかったのだ。
 本数の差で、チームは負けた。

「一本目取られてから、向こうの大将は守りに徹したもんな……」

 穂高の言う通り、先制された相手の大将は攻め方をガラリと変えてきた。負けないために、モカの攻めを凌ぎながら隙を伺う戦法に切り替えたのだ。
 攻めあぐねたモカが危なく返り打たれそうになる場面もあった。もちろんモカにも惜しい打ちがたくさんあったのだが──
 時間は無情に過ぎ、そして試合は終わった。

「惜しかった。だが終わりではない。まだ次がある。この悔しさを、次に繋げなければ」

 安藤の言葉に、だが首を振ったのはモカだった。

「終わったの……終わっちゃったの!」
「モカ……」
「勝ちたかった、もっと勝ち進みたかった! 紫と一緒に、やり直したかったのに!」

 泣きじゃくるモカを、私は抱きしめた。彼女の気持ちが、痛い程伝わってくる。

「ありがとう、モカ」
「紫……」
「私に、チャンスをくれて。もう一度一緒にやらせてくれて、ありがとう」
「違う、違うの紫……あたしは……あたしは、もっと、ずっと一緒に、」
「私はずっとモカに言いたかったんだ。『三年間楽しかった』って。だけどあんな形で私の三年間が終わって……楽しかったなんて到底言えなかった。言えないまま、剣道から離れてしまった。
剣道が楽しいって、思い出させてくれたのはモカだ。だから──ありがとう」
「紫……やだ……これで終わりみたいな言い方、しないでよ……」
「……終わりじゃないさ」
「え……!?」

 予想しない言葉だったのだろう。驚き顔のモカに、徐々に喜色が満ちる。でも。
 ──彼女の想像した答えと、私の出した答えは違うのだ。
 私はまっすぐにモカを見据えた。そして、彼女にとって酷にも聞こえる言葉を、はっきりと彼女に告げた。



「私は剣道が好きだから、もう剣道を辞めるなんて言わない。これからも、細く長く、続けていきたいと思う。
……その場所はでも、ここじゃない」



 
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