initiative



 


「……納得いかない」

 不機嫌な顔でそう言う紫に、かんなと志乃は首を傾げた。

「今度は何があったの?」
「今度も何も、いつもだ!」
「ああ、また北条君に弄ばれたのね」
「志乃ちゃん、人聞きの悪いこと言わない! そんなんじゃ……無くはないけど、ともかく違わないけど違う!」
「つまり、相も変わらず北条君に良いようにされてるのが納得いかない、と」

 かんなの結論に、紫は盛大にぶすくれた。






initiative



「そうは言ってもねえ……」

 志乃は華奢な肩を竦めながら、ふくれっ面の紫に畳み掛ける。

「恋愛オンチの紫ちゃんなんだからさ。北条君に流されるくらいじゃないと、到底イチャイチャなんてできないんじゃないの?」
「いちゃ……べ、別にイチャイチャしたい訳じゃない! 流されっぱなしが癪に障るんだ!」
「じゃあイチャイチャしたくないの?」
「そ……れは、それとして、だ」

 ……したくない訳じゃないんだ。かんなも志乃も一様にそう思った。
 二人とも、もっとつつきたいところではあるのだが、これ以上不貞腐れられては円滑な部活ができなくなる。そしてそれは、非常に困る。
 会話の舵を切ったのは志乃だった。

「ま、流されっぱなしが癪に障るのはわからないでもないけどさ。正直アタシとしては、北条君をリードしてる紫ちゃんの図、っていう方がわからないかも」
「それは同意するわ。想像不可能だもの」
「じゃあどうすれば良いのさ……」

 紫はすっかり頭を抱えてしまった。その問答は以前、二人が付き合うようになる前にした気がするのだが。
 彼女が素直になるには、まだまだ時間が必要らしい。

「で、結局紫ちゃんはどうしたいの?」
「……どうすれば良いと思う?」

 質問に質問で返されて、かんなと志乃は顔を見合わせた。余程切羽詰まっているらしい。
 皆で首を捻ること暫し。
 口を開いたのは、志乃だった。

「もうさ、イニシアチブ奪っちゃいなよ」
「えーと……え?」
「だって、北条君のペースで押し切られるのが嫌なんでしょ?」
「それはまあ……」
「じゃあさ、紫ちゃんが頑張って先手取って、そのままイニシアチブ与えなきゃいいだけじゃん。(想像できないけど)」
「……相手は北条だぞ?」
「このままやられっぱなしでいいの?」

 そう言われては、紫は言葉に詰まる。彼女の性格上、やられっぱなしで良いと言い切ることはあり得ない。
 そこに畳み掛けるようなかんなの言葉。

「それは、らしくないわよねえ……」
「……行ってくる」

 紫はすぐに部室を出て行った。






 第二図書室には人の気配がない。それでも彼は間違いなくここにいるはずなのだ。「図書室に行ってきます」と言って出て行って、未だ帰ってきていないのだから。

「となると……」

 紫はそっと長椅子の向こう側を覗き込んだ。見慣れた大きな姿が、そこに転がって気持ち良さそうな寝息を立てている。
 勢い込んで出てきただけに、拍子抜けもいいところだ。……具体的に何をするかは、あの短い距離では考えつかなかったのだけれども。
 否、距離が長くても考えついたかどうかは不明なのだけれども。

(……でも、まあ)

 そう、紫は思い直す。
 寝ている大海になら、イニシアチブを奪われることはない。今なら何だってできるだろうし、それで自分が死ぬほど恥ずかしくったって、彼にはわかりやしないのだから。

 紫は気配を殺して、そっと大海に近づいた。寝息は深く、起きる気配はなさそうだ。
 そのことに落胆して、だがそれ以上に安堵して、紫はさらに大海に近づいた。微かに感じる既視感。『あの時』はそのまま大きな声を出して、北条を起こしたんだっけ。
 今回は声を出すことはしなかった。間近の距離で、彼の寝顔をじっと眺める。今ではすっかり見慣れた顔。だけどこんなにまじまじと見つめることはそうそうなくて。

(だっていつも、目を閉じてしまうから)

 彼の顔が近づいてくると、反射的に目を閉じてしまうのだ。
 そうでなくても、彼の瞳で見つめられたら、恥ずかしくて目なんて開けてられない。

(……でも、今は)

 彼から近づいてくることも、熱い瞳で見つめられることもない。
 紫はそのまま息を殺して、彼の顔に顔を寄せ──



(……できるかっての!)

 ──離れた。



 何もしていないのに高まる心音。イニシアチブって一体何だ。そも私は何がしたいんだ。

(…………さっぱりわからん)



 そうして紫は、大海から遠ざかったまま、

「おい起きろ、北条!」

 椅子の脚を蹴ったのである──






(イニシアチブを取っても取られても、結局自分らしくはならないんだけど!)
(じゃあおとなしく流されときなよ)
(それも納得いかない!)
(我儘ねえ……)



 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
小出高校 top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -