理由より先に好きになる



 


「ねえ、北条君。北条君は紫センパイのどこが好きになったの?」

 吉野がいきなりそんなことを聞いてきた。

 彼女は僕の友人である同級生男子に猛烈なアタックをかけている一方、文芸部の三人の先輩を愛してやまないと広言している、恋に生きる女子高生だ。
 かく言う僕も、紫サン――つまりその中のひとりに恋している訳で。
 あれひょっとしたら彼女は恋敵?とか一瞬思ってしまった。だとしても絶対に負けるつもりはないけれど。

 とりあえず、紫サンのどこが好きになったのかと聞かれれば……



「さあ?」
「さあ、って……」
「だって僕、理由より先に紫サンのこと好きだなって思ったんだもん」






理由より先に好きになる



 今でもはっきり覚えている。
 出逢いは春、入学式の日。
 ――一目惚れってこういうのなんだって、思った。



 お仕着せのような作り笑顔から時折覗く真顔には、あからさまに『面倒くさい』と書いてある。
 それでも彼女はそこに居た。だって彼女が居るところは新入生相手の受付で、彼女の胸には『受付係』と書いたリボンが揺れているから。

「受付やってるのって先輩だよな?」
「二人ともレベル高ぇ〜」
「わかるわかる。綺麗だよなー」

 前に並ぶ同級生男子の雑談が耳に入る。
 確かに彼女は綺麗だった。長い黒髪、くっきり二重の瞳。柔らかさより鋭さを感じる印象は、可愛いと言うより綺麗と言う方が似合う。
 どんな人なんだろう。声が聞いてみたい。話をしてみたい。
 二人いる受付のうち、彼女の方に列んだのは故意だった。

 そしてほんの少しだけ言葉を交わした。
 その中で見せてくれた、自然な笑顔が可愛いと思って。
 それをそのまま口にしたら、……怒られた。

 その時はそれっきりだったけど。
 また会いたいと思って、そしてまた会えて、――今に至る。






「じゃあ吉野は紫サンのどこが好き?」
「えっとね、カッコいいとこ!」

 即答した答えは僕のそれとは異なる。
 吉野はうっとり頬を染めながら熱く語ってくれた。

「そんでね、なのに愛のあるイジワルしてくれたり、でもホントに大変なときは全力で守ってくれたりする、オトコマエで頼れるとこ!」
「……紫サンは女の子だよ?」

 それって女扱いしてない気がするんだけど。まあ紫サンは喜びそうだけど。
 でも、と僕は思う。こうやって慕うから、紫サンは吉野を構うんだろうな。
 やっぱり吉野を恋敵として認定しておこう。……だって紫サンは僕のこと、吉野を構うようには構ってくれない。

「知ってる。でもカッコいいの!」
「吉野……あんまりセンパイセンパイ言ってたら下野が泣くよ?」

 矛先を逸らすべく彼女の想い人の名を出すと、吉野はデヘヘと笑み崩れた。

「それいいかも……ちょっと泣かせてみたいかも」

 絶対泣く前に泣かされるよな。

「あー。紫センパイが男だったら、あたし絶対に惚れてたわー」
「……紫サンが女で心底良かったと僕は思うよ」

 結局紫サンの話に戻ってきた。苦笑するしかない僕に、吉野は予想だにしなかった言葉を吐いた。



「だからね、北条君が憎いわ」



 僕は思わずまばたきをした。

「なんで?」
「だって紫センパイ、北条君の前でだけ可愛いんだもん!」

 頬を膨らませ唇をとがらせながら、吉野は拗ねたように言う。

「可愛い紫センパイを独り占めしてる北条君が憎いの!」

 そっか。今度は僕が笑み崩れる番だった。
 僕といる紫サンは、ちゃんと可愛く見えるんだ。そのことに安心する。
 だってどんな紫サンでも、僕にとっては可愛い女の子なんだから。



「……もう! そんなしまりない顔して笑ってムカつく!
紫センパイが欲しいなら、あたしを倒してからにしてもらうんだからね!」

 とりあえずは、恋敵(?)の吉野の本命の恋を応援しよう。紫サンを独り占めするために。
 僕はそう決めて、プリプリ怒る吉野に適当な相槌を打ちながら、早く紫サン来ないかなあと全く違うことを考えていた。



 ――廊下の向こうから、律動的な足音が聞こえてきた。


 
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