本当は◯◯なCoideko童話 -美女と野獣変C- |
それから浩輝とかんなの距離とお互いの存在感の当たり前さは直ぐに埋まって行きました。 晴れた日には、庭に出てる広い敷地内を散歩します。懸命に花々を紹介してくれる浩輝にかんなは聞き入ります。 浩輝が育てた花々はとても輝くように咲いていました。 「たくさんの愛情を浩輝さんから貰ったのね……。羨ましいわ。」 「……その……かん、な……。」 「はい。」 「さん付けを……しないでくれないか。」 その言葉に一瞬かんなは俯きます。そして暫くしてからか細い声で、 「……浩輝の……作る庭は……とても素敵です。」 浩輝から外しながら呟きました。白磁のような肌はほんのりと淡い桜色に染まり上がり、かんなはそのまま奥に続く薔薇園へ駆け足で逃げて行きました。 そんなかんなの言動に浩輝の方も胸が苦しく、心臓を抑える仕草を隠しながら、なかんなの後を追うのでした。 また、雨が降る日があれば。 少しいつもより気温が低い室内でかんなはぶるると身震いをしました。 すると背後からふわりとかんなを包む暖かな感触を肌が察知します。 ふわふわな心地はもしかしたらと早る鼓動を胸の中に隠しながら、かんなが笑顔で振り向くと、其処には。 ブランケットを掛けた浩輝が立っていました。 (……なんだ、毛布か。) がっかりした様を見た浩輝はすかさずかんなに配慮をします。 「ど、どうした?まだ寒いか?」 上目遣いで見詰めるかんなの心中は浩輝に読み取る事は出来ませんでした。 何故なら浩輝だってかんなを長時間直視出来なかったのですから。 「……何でもないです。ちょっと読書して来ますね。」 かんなはそれだけ言うと書庫へ一人ゆっくりと向かったのでした。 「……くっしゅん!」 書庫に籠って淡々と分厚い本たちの文字を眺めていたかんなはもう一度身震いをしました。 書庫の包む本たちの独特な空気はとても好きでしたが、本を大切に扱うためこの部屋に暖炉はありません。 しかも場所はお城の地下に当たります。 先程いたリビングより冷え込むのは当然です。 浩輝に掛けて貰ったブランケットを手繰り寄せてかんなは身体を丸めました。 そんな時でした。 「……クシュ……。」 かんなはブランケットの中から顔をそっと出しました。そして閉ざされた筈の扉を見遣ります。 今、確かに誰かの嚔が聞こえました。 誰か。 そんな事は問うまでもありません。だって彼女の耳は彼の声すらもう一部になっていたのです。 タッ! スリッパも脱ぎ捨てて、ブランケットも放り出して、かんなはその書庫の扉を開けました。 其処にはバツの悪そうな顔をした浩輝が鼻を啜りながら立っていたのです。 「……ここも……寒くないかと心配になってな。」 その言葉にかんなは初めて彼の腕の中に飛び込みました。あのみんなに怖れられていた毛むくじゃら身体です。 かんなは精一杯その身体にしがみ付きます。 すると浩輝は両手を上げ、戸惑ったように叫びました。 「だ、駄目だ、かんな!……俺から離れろ!」 そんな叫び声に返って来たのは浩輝が予想だにしない言葉でした。 「嫌よ!」 かんなは更に手に力を込めて浩輝を離さまいとしました。 「な、何を言ってる……。」 「嫌ったら嫌。寒いの。寒くて堪らないのよ、一人では……。」 浩輝はその言葉に身動きが出来なくなりました。何故なら、これまで自分が一番感じていた事だったのです。 それでも……。 「俺に触れない方が良い。」 「なんで」 かんなは浩輝の胸に顔を埋めながら泣き叫びます。 浩輝は溜息を吐くと、己の手を見詰めながら呟きました。 「……俺の身体は野獣だ。きっと俺が触れたら爪や牙でその肌を、かんなを傷つけてしまう……。」 静まり返った書庫に浩輝の力無い声が吸い込まれて行きました。 どの位時間が経ったでしょうか。 かんなは泣きじゃくったまま浩輝の胸から離れようとしません。 「……かんな……、そろそろ離れ、」 「どうして?どうして浩輝から私に触れて下さらないの?」 「……だから、それは、」 「貴方がこれまで私を傷付けた事があった?私は今こうして貴方の腕の中に居るだけで温かくて、もっと触れたいって思うのに……。」 それは浩輝も同じでした。 触れたい、その温もりに包まれたい。 かんなの事を愛しているから。 でもだから傷付けたくはなかった。 浩輝は天井を仰いで、目を瞑りました。 「……大切に想ってくれているなら、触れて下さい。そうでなければ私は妻ではなく家政婦同然になってしまいます。」 そっと、かんなは背中に微かな温もりを感じました。 浩輝が片手をかんなの背中へ添えたのです。 何処に爪なんてあるのでしょう。人の手のひらと変わらないものが其処にはありました。そしてその手は震えています。 浩輝が懸命にかんなの想いに、そして自分の気持ちを表してくれていたのでした。 かんなは更に顔を擦り寄せます。 そして上を向いた瞬間に出逢った浩輝の瞳に吸い寄せられるように、かんなから浩輝の頬に口付けをしました。 「……ありがとう、浩輝。貴方は優しい気持ちも手も持ってる。だから大好きよ……。」 かんなの微笑みに浩輝は今度は離さないように両腕でかんなをキツく抱き締めました。 ずっと触れたかった、愛する者の、その温もりに……。 |