日々感思流汗之行2 |
入った途端に、ピンと背筋が伸びる独特の空気。ずいぶんと久しぶりの感触だ。そして、そこで──格技場で私を待っていた顔も。 「よ、鷹月」 「久しぶりだな」 「穂高。……それに安藤」 ニカッと笑う長身痩躯、穂高虎太郎(コタロウ)は中学からの同級生。その背後にいる安藤和正は剣道部の主将で、私の小学校以来の剣道仲間でもある。どちらも気のおけない仲だ。 「女子の助っ人を引き受けてくれた事、感謝する」 「礼は結果を出してからにしてくれ、安藤。私は現役じゃないんだ、自信はない」 「そうだよなー、お前が文系に転向してる間にオレがどれだけ強くなったか……」 「アンタは紫にかないっこないわよ、バカトラ」 「なにおうモカ!? どの辺が!?」 「アタマと中身と外見」 「真顔で断言すんな!」 穂高とモカは保育園からの腐れ縁同士。そんな彼らの相変わらずのやり取りに私は笑った。 懐かしい仲間、懐かしいやり取り。離れていてもここは変わらない。 「安藤、穂高、モカ。よろしく頼む。私はきっと、思っている以上に衰えてると思う。使える程度にしてくれると嬉しい」 「よっしゃ! 存分に揉んでやるから覚悟してろ……痛ッ!?」 「あら手が滑ったわ、失礼。紫、頑張ろうね!」 「無理はするなよ」 それぞれの言葉に迎えられ、私は暫く、剣道部の厄介になることになった。 地稽古の、最初の相手は穂高だった。対峙して感じたのは、彼の大きさ。高校になってから、彼はまた一段と背が伸びた。 (……でも、北条よりは低いな) そう思った自分に笑えた。この半年で自分の物差しは、すべてあの男を基準にしたものに塗り替えられたらしい。 穂高が大きく竹刀を振りかぶる。上背の高さを生かすべく構えを上段に変えたのだと、以前モカか誰かが言っていた気がする。 私は普段の構えより右上方に剣先をずらした。上段の相手とまみえた経験は皆無だが、確かそうするんだったという記憶がある。 カン、開始を告げる拍子木の乾いた音がした。するとすぐに、予想していた間合いの外から鋭い面が飛んでくる。……早い。 反射的に首を捻って有効打突は避けたものの、続く体当たりに身体が浮いた。 「ぐっ……!」 思わず漏れる声。踏ん張りきれず私は弾き飛ばされる。そこに追い打ちの面が来た。……文句のつけようもない、完璧な、 「面あり」 着けた面の下からでも、穂高がニッと笑うのが判った。──うわ腹立つ。 「ちょっと、バカトラ! アンタもっと加減ってもんを……」 「いい、モカ。故意なら説教のひとつやふたつくれてやるところだが、勝負に情けは必要ない。これは、私の問題だ」 容赦ない一撃に目が覚めた。心配そうなモカの存在がすぐに脳裏から消え失せる。 再び向かい合うと、すぐに飛んでくる速い面打ち。今度は懐に飛び込むことで躱した。そうしながら手首を返す。会心、と思った胴への一撃はだが鈍い音がした。……外れた。予測以上に穂高が速かったのか、私が遅かったのか…… そのまま何度も打ち合う。遮二無二に技を繰り出しながら、私は私の状態を悟る。ああ、これでは── カンカン、再度の音が相手の交代を告げる。低いがよく通る安藤の声が、格技場の中に響いた。 「相手代わって!」 竹刀を収め、向かい合った穂高に一礼してから次の相手へと向かう。穂高よりうわ背は高くないのに、半端ない威圧感。安藤だ。 強くなったのは聞き知っていた。だが実際に剣を交えると解る。──速い。そして私の気づかない私の隙を、彼は確実についてくる。 数度打ち合ってから、安藤は構えを解いた。そして私を手招きする。声が飛び交う中、私は安藤の顔に自分の顔を寄せた。面を被っていると、声が聞き取り辛いのだ。 「反射はそれ程でも無いが、持久力が結構落ちているな」 自覚したことをズバリと言い当てられて、私は俯いた。さすがに長い付き合いの彼の目は誤魔化せない。 「さっきトラと激しく打ち合っていたからか、もうバテているだろう? 鷹月は元々持久力はあまりない方だったが、前はもう少し動けていたと思うぞ」 「……そうか」 「とは言え、一年以上のブランクがあってそれだけ動けたら上々だと俺は思う。無理をしないようにやって欲しい。……続けるぞ」 言って間合いを取った安藤に、私は再び竹刀を構えた。 ──彼の次の打ち込みは、余裕を持って捌くことができた。 |