僕の特権



 


 僕の特権。
 一番近くで彼女を見ていられること。



 飽きもせずにページを捲る紫サンを、飽きもせずに眺める僕。
 真剣な眼差しはじっと本に注がれていて、……その相手が僕じゃないことが面白くないとか思う僕は、相当紫サンにイカレてると思う。
 ぱらり、ページを捲ると。さらり。髪が流れる。落ちてきたそれをかき上げる仕草が好きだ。






 僕の特権。
 許可なく彼女に触れて良いこと。



「紫サン」
「何?」
「触っても、良いですか?」

 僕にしては珍しく彼女にお伺いを立てると、彼女は僅かに眉を寄せて本を閉じた。

「……何をする気だ?」
「普通に、ぎゅってしたいんですけど」
「いつもは問答無用でしてるだろう。いちいち訊かれると、逆に身構えるじゃないか」

 それは『お前の好きにすればいい』と言うのと同義語だってこと、彼女は気づいてるんだろうか。

 ともあれ再び本を開いた彼女を、背後からそっと抱きしめる。華奢なんだけど、意外と腕や肩周りはしっかりしていて、さすがに体育会系の出だなあと思う。
 紫サンは人前でベタベタされるのは嫌うけれども、誰もいなければ、案外ベタベタされるのを厭わない。






 僕の特権。
 彼女の髪を触れること。



 抱きしめたまま髪に顔を埋めると、彼女愛用のシャンプーの香りがした。彼女の香りが変わらない理由が『新しいのを探すのが面倒くさいから』だって言うのも知っている。
 さらさらで触り心地が良い髪を指で梳く。僕が大好きなこの行為は存外彼女も好きなようで、顔を埋めた時に迷惑そうに寄った眉間の皺がすっかり無くなってしまっている。

 ……こんなことを知ることが出来るのも、やっぱり僕の特権なんだろうか。

 やがて僕の指はくるくると動き出した。しなやかな彼女の髪を編んでいく。彼女の髪は僕の思うようにはまとまってくれないけれど、そこを工夫して可愛く仕上げていくのは楽しい。
 スプレーもムースも使っていないアレンジヘアは、彼女の身動き一つで一瞬のうちに解けてしまう。刹那の造形を垣間見ることが出来るのは、間違いなく僕だけの特権だ。






 僕の特権。
 彼女にキスが出来ること。



 一通り彼女の髪に触って満足した僕は、綺麗に解いて手櫛で整えた彼女の髪に口づけた。それから彼女の頭に。
 本を読みながらされるがままになっていた彼女が、顔を上げて僕を睨んだ。

「……北条」
「嫌でしたか?」

 問いかけると彼女は目を伏せ、本に視線を戻した。正確には、その『フリ』を。
 一度キスをしたから、警戒してるのが目に見える。頑張って何気なさを装っているのが、ものすごく可愛い。
 期待には応えなければいけないでしょう。僕はつむじにキスを落とす。ビクリ、抱きしめた身体が固くなる。続けてこめかみ、それから優しく耳朶をはんだ。






 僕の特権。
 彼女の弱点を知っていること。



「んん……っ」

 耳を舐めると、彼女の口からくぐもった声が洩れる。堪えているのに堪えきれていないのは、それだけそこが弱いってことで。
 僕は耳にキスをしながら、綺麗に整えた髪をまた片手で纏めた。露わになった首筋に唇を這わす。

「こら……っ、北条……」
「駄目ですか?」
「だ……め、だって……!」

 ああ。駄目って言われちゃった。
 僕は髪の毛を束ねていた手を離した。幾分ホッとした顔が面白くなくて、空いた手で彼女の顎を掬う。見開いた目に映るのは、セルフレームを跳ね上げた自分の顔。

「…………ん……」

 ──彼女の膝から、ハードカバーが音を立てて落ちた。






僕の特権



「北条! ここは学校だとあれほど……」

 長い長いキスをして、唇が離れた後のお小言を聞けるのも僕だけで。
 あれだけ感じてくれていたのに、それを誤魔化そうと声を張る、その姿を知っているのも僕だけで。

「紫サンがいけないんですよ? 僕を誘惑するんだから」
「ゆ……!? してないっ!!」
「いいえ。いつだって、してるんです」

 ──僕の言葉に赤面する彼女を、一番間近で愛でることが出来るのも、ぜんぶ、僕だけの特権。


 
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