星に願いを



 


 でーん。渡り廊下の柱に括り付けられた巨大な竹を見て、大海は二度、三度、まばたきをした。……これはなんだ。
 隣で見上げる紫が、今年はまたデカいな、そう呟く。訳知り顔の彼女に、大海は訊いた。

「これは、何ですか?」
「見てわからんか。竹だな」
「それはわかります。何に使うんですか」
「今日のお前の仕事だ」

 話が噛み合っていない。そう思った大海だったが、紫に持たされていた段ボール箱を開け、中身を見やって得心した。カラフルな紙飾りが、たくさん。

「──成程。七夕ですか」
「始めたのは小鳥遊らしいぞ。毎年、天辺に『まゆ姉と両想いになれますように』って飾ってたらしいがな」
「……それを聞いてしまったら、あまり効果がないような気がしますね……」
「言うな」

 未だ片想い歴を更新中の教育実習生を思い出し、大海は苦笑した。
 段ボールから取り出した飾りを、大海は高い位置に飾っていく。低い位置は紫が受け持って、大きな竹は少し彩やかになった。そこへなのがさらに大きな段ボール箱を持って現れる。

「紫センパーイ、かんなセンパイが呼んでましたよー!」
「ああ、わかった。じゃあ北条、なのと二人で後飾っておいてくれ」

 空になった段ボール箱を持って、紫は颯爽と歩き去る。未練がましそうにその背を見つめる大海の、その腰をばしんとなのが叩いた。

「さあさ、早く済ませて部室に帰ろ!」






「……しっかし、いっぱいあるねえ、短冊」

 最初の勢いはどこへやら。
 ため息を漏らしながら、なのが短冊を付けていく。

「しかも『彼女が欲しい』とか『リア充爆発しろ』とか、煩悩ばっかり」

 ……吉野は知っているのだろうか、と大海は思う。そもそも小出高校の七夕が、小鳥遊の煩悩から始まったことは。

「あ。これひーくんと北条くんの友だちじゃないっけ?」
「誰?」
「中上くん」

 大海はなのが差し出した短冊を見た。半分サイズの黄色い折紙に、墨痕鮮やかに『彼女募集中 中上素直』と書いてある。

「……中上……無駄に達筆だな……」

 わざわざ書道の時間に書いたらしい。大海は短冊をひっくり返すと、その裏に『煩悩退散』と書き加えて、脚立に上ると手の届かない位置に括り付けた。
 次に手に取った緑の短冊にも、『彼女が欲しい彼女が欲しい彼女が欲しい……』とまるで呪詛のようにびっしりと書き連ねてある。記名は『松嶋正直』。
 ──大海はそれにも『煩悩退散』と書いて、中上の短冊の隣に括り付けた。



「あ、そうだ北条くん! 高いとこついでにあたしの短冊付けて! 一番てっぺんに!」

 なののピンク色の短冊を受け取った大海は、ちらりとそれに目を遣った。……あれ。

「……下野と両想いになれますように、じゃないんだ」
「当たり前でしょ? それは自分の力で叶えなきゃ」

 きっぱり言い切るなのの願い事は、『あたしがみんなを幸せにしてあげるんだから!』だった。

「…………吉野って、絶対下野より男前だよね……」
「北条くん……それって褒めてるの?」

 大海はなのの願い通り、竹の一番高い位置に短冊を吊してやった。



「あ。宮本会長のみっけ……『心願成就』……当たり前過ぎておもしろくない……」
「普通じゃないの?」
「周りが普通じゃない分、逆に浮いてると思うんだけど」
「……確かに」
「よし。じゃあこれも普通にしちゃおう!」

 なのは赤い短冊の横に何やらサラサラと書き付けた。これも高いとこにつけてねと、手渡された短冊を見れば『訳:かんなに近づく男は消えろ』と追記してある。

「勇気あるなー、吉野」
「女は度胸!」
「じゃあ度胸ついでに、これにも何か書いてよ」

 大海に渡された短冊を手にとって、なのは固まった。それから、ぎぎぎ、とぎこちない動きでそのままリターンする。

「こ……これは普通だから、あたしが書くことはなにもないわ」
「……そんなにビビらなくても……」

 苦笑しながら大海は『ST○P細胞は実在する 椎名』と書かれた白い短冊を括り付けた。



「んっふっふー。見て見て北条くん」

 なのが扇のように幾枚かの短冊を振りかざす。呆れたように大海はカラフルな扇を見やった。

「相澤先輩に佐伯先輩に紫サンの短冊……よく見つけたね……」
「執念よ執念」
「……その執念、他に回せば良いのに……」

 言いながら大海は右手を差し出す。

「何?」
「紫サンの短冊、僕に頂戴」
「嫌よ。必死こいて捜し当てたのに」
「……これあげる、って言ったら?」

 右手を広げたまま、左手で差し出された青い短冊を見て、なのの目の色が変わった。

「こ……これはひーくんの……!」
「紫サンの短冊と引き換えならあげるよ」

 葛藤するなのを余所に、大海は他の短冊を付けていく。そして中身が残り少なくなった段ボール箱と反比例して、彩り鮮やかになった竹の出来映えを大海が確認していた時、



「……はい」

 不承不承といった感じに、なのが黄緑色の短冊を差し出してきた。それに『紫』の名前を認め、大海は胸ポケットに入れていたオレンジ色の短冊をなのに手渡す。
 『北条の文章力がマトモになりますように』と、癖のある字で書いてあるのを見て大海は目を丸くした。

「紫サン……」

 じーんとしている大海の手の中の短冊を、なのはくるりとひっくり返した。そこにも小さく何か書いてある。『そうしたら私も楽になるから』。……大海はちょっぴり傷ついた。
 見るとなのはでへでへと相好を崩している。大海はなのが手にした短冊の文面を思い出した。『吉野がおとなしくなりますように』。とりあえず短冊に書いて貰えたことが嬉しいらしい。おめでたいやつ。

 大海は紫の短冊を括り、それから段ボール箱の中身を全部飾った。後生大事に聖の短冊を握りしめているなのの手から、かんなと志乃の短冊を抜き取って飾る。『こう兄が志望校に合格しますように』、『先生の変な行動が減りますように』。
 ふたつの願い事が並んで風に揺れるのを見て、なのが大海の袖を引いた。

「ね、北条くん。これ、なのの短冊の隣に付けてほしいって言ったら怒る?」
「別に怒らないよ。貸して」

 大海は再び脚立に上ると、一番上のピンクの短冊の隣にオレンジ色の短冊を飾った。それからもう一枚、水色の短冊も。
 脚立から下りて上を見上げる。竹の緑色が見えなくなるくらい華やかな、七夕飾りが出来上がった。



「できた! 完成ー!」
「うん。じゃ、紫サンたちに知らせてこようか」
「そだねっ」

 軽い足取りで旧校舎に向かうなのの後をついて歩きながら、大海は最後につけた短冊に思いを馳せた。



『真雪が幸せになりますように』



 意外と几帳面な字で書かれた短冊の署名は『小鳥遊陽』。
 両想いになれますように、じゃなかったんだ。クスッと笑った大海はそれを取り分けておいたのだ。そして一番高いところに飾った。

(みんなが幸せになれたらいいな)

 大海は一度だけ後ろを振り返って、それからなのを追う歩みを早めた。






星に願いを



(あれ? そう言えば北条くんは何をお願いしたの?)
(それはね……秘密だよ)
(えー! 教えてよー!)
(じゃあ探してみれば?)
(……無茶振りしないでよ!)


 
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