もしも彼女がイメチェンしたら
-なのの場合-



 


 さらっ、さらっ。歩く度に真っ直ぐな髪の毛が揺れる。……ああっ、爽快。これが紫センパイの感覚なのねっ!
 せっかくだから歩き方も紫センパイを意識してみる。背筋は真っ直ぐ、少し大きな歩幅で早歩き。きびきび、律動的な歩き方。うーん、紫センパイ! アタシ今、紫センパイ!



 悦に入ったまま、あたしは校内を歩き続ける。目指すのはもちろん、ひーくんの居るところ。

(ひーくん、どんな反応するかな?)

 すぐにあたしだってわかってくれるかな?
 だとしたらきっと愛の力ね!
 いや〜ん、愛(はぁと) 素敵な響き!

 それとも気づかないかな?
 だってあまりにもいつものあたしと違うもん。ひーくん、女の子に興味持たないし。
 だからあたし頑張ってひーくんの視界内に入ろうとあれやこれやしてるんだけどね!

 ……っと、ダメ、ダメ。ちょっと気を抜くといつものちょこちょこ歩きになっちゃう。
 目指せ紫センパイ、目指せイイ女!

 あたしは颯爽と、1−Aの教室を目指した。






 途中、廊下の向こう側から、ひとりの男子が歩いてくるのに気がついた。
 あ、あの無駄のない引き締まったボディは。そしていつ何時見ても過ぎるくらいにカッコいい顔は!

(……いやーん、デスティニー!)

 いつもなら尻尾をブンブン振りながら飛びついていくところだけど、今日のあたしはそんなことはしないのだ。歩みは崩さず、真っ直ぐに前を見据えて、背筋をピンと伸ばして歩く。さらっ、さらっ。髪が揺れることで紫センパイらしさが保たれているのがわかるようになった。

(さあ、ひーくんはどんな反応するかな?)

 わくわくしながら二人の距離が近づいて、そして。



 ──ひーくんはそのまんま、あたしの横を通り過ぎた。



 って気づかないパターンかいっ!

 後ろから飛びついてやろうかと思って思いとどまる。どうせならどこまでも、違うあたしを演出したい。
 ずんずん遠ざかる背中に、あたしは精いっぱい、可愛らしく声をかけた。






「下野くんっ」






もしも彼女がイメチェンしたら



 背中にかけられた声に、俺は思わず歩みを止めた。
 聞き覚えのある声、のような気がする。だけど何か違う気がする。言うなれば、気取った声、と言うのだろうか。
 気になって振り返った視界の中に、だが思った相手は居なかった。いるのは真っ直ぐな長い髪の女子がひとり。鷹月先輩みたいだな、思ったのはそれだった。
 だが彼女は先輩よりももっと小柄だ。そう、ちょうど吉野くらいの──

 と思ったところで気がついた。



「お前……吉野、か?」
「あは。そうだよ。やっぱりひーくん、気づかなかった」

 にこっと笑う顔は確かに吉野だ。だが、

「な、なんだその頭は!?」
「ちょっと紫センパイになってみたかったの〜」

 言って吉野はくるりとターンを決めた。スカートの裾と一緒に真っ直ぐな髪の毛が翻る。

「どう? 似合う?」

 似合うか似合わないかと問われれば、どちらかといえば似合っている……と思う。多分。
 だがそれよりも強烈な違和感を感じた。違う。これは、吉野じゃない。
 ──思うと同時に、言葉が零れていた。



「おかしい」



 吉野の大きな目が更に見開かれる。強張るその顔を見て、しまった、後悔が立ち上る。

「そっか。そうだよね。似合わないよね、あたしが紫センパイの真似っこなんて……」
「違う」

 それでも笑う吉野に俺は近寄った。そしてその頭に手を伸ばす。
 さらさらの髪の毛をくんっと引っ張ると、それは抵抗なく吉野の頭から滑り落ちた。



「……そっちの方が、吉野らしい」



 それは、精いっぱいの俺の本心。

 強張った吉野の笑顔が、花がほころぶようなそれに変わったのを見て、
 俺は、心の底から安堵した──






 ──のだが。






「あ……愛? それって愛よねやっぱ愛!?」

 歩き始めた背中に飛びつかれ、俺は慌てて吉野をふりほどいた。そしてその脳天気な脳天に拳骨を振り下ろす。



「こんの……クルクルパー!!」


 
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