もしも彼女?がイメチェンしたら-志乃の場合・その後- |
コンコンコン、遠慮のないノックがラボに響いた。 椎名はそれが彼女でも友人でも知らない相手でもないと、音だけで気づいている。この部屋を気ままに訪れる者は少なく、この部屋を仕方無く訪れる者は決まって、おっかなびっくり、恐る恐る、不承不承、といった体の扉の叩き方をするものだから。 ガチャリ、遠慮なしに開かれた扉の向こうには、案の定、彼女の友人が──言い換えれば友人の彼女が、居た。 居たのだが。 「紫サン……も、爆発したの?」 「……良く言う」 扉の向こう側で呆れ顔で言った彼女は、ボサボサの頭をしていた。 「これは志乃ちゃんセレクト、椎名ヘアのウィッグだよ。これを見て爆発してる、ってことは、自分の頭も爆発してるってことだからな。少しくらい髪をとかせ」 言われて椎名は手櫛で髪をとかしてみた。ところどころ引っかかるのを無理やり解しながら首を傾げる。 「紫サン……。ウィッグ……って……?」 「ほら」 言うなり彼女は髪をむしり取った。痛そう、椎名は眉をしかめたがそんなことはちっともなく、ずるりと取れた薄い色の髪の毛の下から、彼女の黒髪が零れ落ちる。 「……カツラ?」 「そう言った方が分かり易いんだろうな」 「じゃあ……さっきの志乃も?」 「そう言うこと」 納得がいった椎名は頷いた。さっきの志乃もウィッグとやらを被っていたのか。実験に失敗して爆発に遭った訳じゃなくて良かった。 スタスタと部屋の中に入ってきた紫が、後ろ手に持っていた何かを被せてきた。キョトンとしている間に携帯カメラのシャッター音が響く。 …………、何? 椎名は頭を触った。もしゃもしゃと変な感触がした。 「何……したの?」 「ん?」 ニヤリと笑った紫が、撮ったばかりの画像を見せてくれる。 ……いつもの自分と違う頭の自分がそこにいた。 「これ……?」 「さっき志乃ちゃんが被ってたアフロなウィッグ。さっきの椎名の反応がお気に召さなかったから、アフロな写真を撮ってきてってさ。志乃ちゃんが」 「……志乃が?」 「そ。……画像編集、リサイズ、添付、送信、っと」 紫が携帯を操作している間に、もしゃもしゃな感触のそれを、椎名は頭からそっと持ち上げた。黒いブロッコリーみたいなそれを矯めつ眇めつしてみる。 興味深い。椎名はそう思った。 もう一度自分で被ってみる。この部屋には鏡がないので、ガラスに自分の姿を映してみる。……ちょっと良く分からない。 指定席に座っていた人体模型のルーシーにもしゃもしゃを被せてみる。そして前から後ろから横から、上から下から眺めてみる。 ──実に興味深い。 「……ねえ紫サン」 「何?」 「これ、頂戴」 「は!?」 もしも彼女?がイメチェンしたら こうして。 何も知らずに主不在のラボにやってきた学生が、アフロなルーシーを見て腰を抜かし。 小出高校の七不思議に『アフロな骸骨』の話が追加されるのだが── それはまた別の話である。 |