もしも彼女がイメチェンしたら -志乃の場合- |
大量のウィッグを前にして、アタシは腕を組んで考え込んでいた。 アタシが少々髪型を変えたところで、彼は──椎名先生は気づかないだろう。さてどのくらい変えたら先生は気づくのだろうか。 なのちゃんが被っていったみたいなストレートロング? いやいや、別に特に何も言われない気がする。だって相手は椎名智久だ。 いっそ金髪縦ロールとかいっちゃうか。……ダメだそれじゃアタシが恥ずかしすぎて悶死する。 結局アタシは考えあぐねて、まあ無難だろうありきたりなウェーブヘアのウィッグを手に取った。 ──のだが。 「……見事に敗退したんやな……」 「まあ相手が椎名だからな」 苦笑するアリカちゃんと紫ちゃんを余所に、燃えたぎったアタシはダンボール箱を片っ端からひっくり返していた。 次こそ……次こそ絶対、先生にアタシの変化を気づかせてやるんだからっ!! 「なあ、単純に椎名に『いつものアタシとどこが違う?』って訊くのは駄目なのか?」 「駄目! 先生が自分で気づかないとなんか負けた気がする! それに『……さあ』なんて言われた日には立ち直れない気もする!」 「やー、恋するオトメは可愛えなあ」 アリカちゃんにそう言われて、アタシはボンっと顔を赤くした。もう、ストレートに言わないでよ。柄じゃないのは解ってるから!! 「……これにするっ」 迷っていても始まらない。 アタシは目に留まったウィッグをえいやっと掴んだ。もう迷わない。コレで行く! 「ほ……本当にそれで行くのか?」 「行くっ」 「そぉか。ほな行ってらっしゃーい」 戸惑い顔の紫ちゃんと、楽しくて仕方ない、といった風情のアリカちゃんを置いて、アタシは再度、演劇部部室を出て行った。 さて。 インパクトのあるそのウィッグを握りしめ、アタシはズンズン廊下を歩く。 勢いこんで出てきたものの、さすがにそれを被っていく勇気はなくて。 たどり着いた先生のラボの前で、誰もいないのを確認して、それからそっとウィッグを被った。 コンコン、扉を叩く。無言は了承、アタシはいつも通りに扉を開いた。 「先生……」 「志乃……どうした、の……?」 大儀そうに顔を上げた先生がアタシを見る。まじまじと。あまり見つめられた記憶は無くて、アタシは落ち着かなさにどぎまぎする。 やっぱり恥ずかしい。だけど、ここまでやったからには、何らかのリアクションくらい得なければ帰れない。 アタシは待った。先生が口を開くのを。 そして先生は、口を開いた。 「…………実験に失敗したの?」 ──アタシはそのまま扉を閉めた。 もしも彼女がイメチェンしたら 「第一声がそれ!? もうちょっとなんか、似合うとか似合わないとか、そういったの期待してたアタシが間違ってたの!?」 「やー、椎名も志乃ちゃんもオモロいなー!」 「なんで!?」 「志乃ちゃん……それが似合っててもちょっとどうかと思うんだけど……」 爆笑しているアリカちゃんの横で、アタシが放り投げたアフロなウィッグをキャッチして、紫ちゃんが苦笑いする。 「だってだってだって〜!」 「……まあ彼女の変化位は気づいて欲しいわ、そいで褒めて欲しいわな。それは即ちオトメゴコロや」 「アリカちゃん! 恥ずかしい単語にアタシを当てはめないで!」 「そうやって矛盾した言動を取るんもまたオトメゴコロや」 「アリカ……志乃ちゃんが殺伐とする前にそろそろ止めてやれ……」 「もう! 全部全部先生が悪いのよー!」 茶化すアリカちゃんと窘める紫ちゃんを横に、アタシは全責任を先生になすりつけた叫び声を上げたのだった。 「椎名智久の朴念仁ー!!」 |