とある梅雨空の日の景色



 


 雨が窓ガラスを叩く音に、オレはふと我に返った。止んでいた雨がまた降り出したらしい。
 そしてまた書類に意識を戻し──かけて、ハタと気づいた。真雪、何してる?



 今日はせっかく二人休みが合ったってのに、オレの仕事が片づかなかったばかりの家デート。
 そして真雪はちょうど雨が切れているからと、オレを放って庭をいじりに行きやがった。……いやオレが悪いんだが。

 つき合うようになってから、真雪はほっぽらかしだったオレん家の庭に、ちょくちょく手を入れてくれるようになった。
 おかげで家が幽霊屋敷なんて呼ばれることは無くなった。……代わりに通い妻の噂は相変わらず流れているらしいが。

『好きでやってるんだもの。それに、家の庭とは全然違うから、やっていて楽しいし』

 真雪はいつだってそうやって笑う。だけど好きだから、熱中し過ぎるきらいがあることを真雪はわかっていない。
 書類を放り投げて、前庭に続く窓から外を見る。しとどに濡れながら何かの苗を植えている、小さな背中がそこにあった。

「……あーもう!」

 オレは書類を放り投げて、外に飛び出した。






「真雪!」
「あ、陽。傘ささなきゃ濡れるわよ?」

 振り返って笑う真雪の顔はいつだって可愛い。それに飲まれてしまわないよう、オレは敢えて渋面を浮かべた。

「それはオレのセリフだっての! お前がびしょ濡れじゃねーか!」
「だって、あとちょっとだったんだもの」
「あとちょっと、じゃねーよ! 風邪引くだろーが!?」
「でも、カラカラに乾いた時よりは、こんな天気の方がお花にもいいし」
「お前によくねーだろ! いいからほら、入るぞ!」



 オレは真雪の手を掴むと、引っ張るようにして家へと戻った。そしてびしょ濡れの彼女に洗面所から持ってきたバスタオルを渡してやる。
 だけどどうみてもそれでは足りそうにない。べっとり濡れたTシャツから肌色が透けて見えて……ああもう。

「……真雪。お前とりあえず風呂に浸かってこい」

 頭からかぶったバスタオルで、ポンポンと髪の毛を拭っていた真雪が、きょとんとした顔でオレを見る。

「え……私着替えなんてないよ?」
「いいから温もってこい。帰るまでに乾かすから、その間はオレの服着とけ」
「でも……」

 渋る真雪の頬にそっと触れる。そこはひんやりと冷たかった。──雨はいつから降っていたんだろう。



「……五つ数える間に行かないんなら、今ここで、オレがお前を脱がす」
「え……ちょっと、陽!?」
「ごー、よん、さん、にい……」



 うろたえる彼女を無視してカウントダウンを開始すると、バスタオルを抱えたまま、大慌てで真雪は逃げ出した。
 パタパタとスリッパの音が遠ざかっていく。彼女が開けっ放していった扉に向かって、オレは呟くように言った。

「……そんなことしたら、理性が持たねーっての。ばぁか」






 脱衣所にオレの洗い晒しのTシャツとハーフパンツを置きにいく。シャワーの音がやけに耳について、落ち着かない気持ちで仕事に戻る。さっきまでサクサク片づけていた筈の書類がちっとも片づかない。それでもなんとか目処をつけ、最後はやっつけ仕事で終わらせた。
 そろそろ真雪も戻ってくるかな、そう思いながらパソコンの電源を落としていたら、コンコンと軽いノックの音がした。



「真雪。上がった……の……!?」

 扉の向こう側の真雪の姿を目にして、オレの返答が途中で凍りつく。



「おま……どーしてズボン履いてねぇんだよ!?」
「だって、陽のズボン、どうやってもズレてきちゃうんだもん……Tシャツ長いし、ワンピースみたいだから、もうこのままでいいかなって」



 ──お風呂上がりの彼女が、オレのTシャツ一枚で、オレの家に居る。

 オレは服のチョイスを誤ったことを心底後悔した。……マジ理性崩壊する。



「真雪……お前……オレのこと試してんのか……?」
「え?」

 しかも気づいていない。繊細な男心(というか煩悩)に気づいていない。

 オレは即座にクローゼットに駆け込むと、引き出しの中身をひっくり返して、一着のジャージを取り出した。そしてそれを真雪に押しつける。

「これ! 今すぐ履いてこい!」
「え、だってこれ長ズボンだよ? 私踏んじゃうよ? 松の廊下だよ?」
「捲れば大丈夫だからっ!」

 頼むからオレを煽るな。これ以上。
 首を傾げながら真雪が出て行った後、オレは大きな大きなため息をもらしたのだった──









 そして上下ダボダボの自分の服に身を包んだ真雪が、別の意味でヤバかったりしたのだが。
 ──陽の試練はまだまだ続く。


 
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