生徒と教師の非日常…その参 |
「……ねえ、たかなっしー、たかなっしー」 その問い掛けに眉を深くしかめたのは今年の春から小出高校に新しく着任した生物科教師の小鳥遊であった。 握っていたボールペンに込められる圧力が強くなる。 「……椎名先生……『たかなっしー』って止めてくれませんかね?某ゆるキャラでもあるまいし。呼び捨てで構いませんから」 「……たかなっしー、機嫌悪い」 「って、人の話聞いてますか!?」 「……はい、これ」 自分の発言を無視された小鳥遊の手の上に椎名は勝手にある物を乗せた。 コロン、とその手の平に転がるまあるい小さい球体。 小鳥遊はその手の平に散らばる複数の塊に眉をしかめた。 「……なんすか、これ?」 その言葉に椎名はうっすらとその薄い唇に弧を描く。 「……知りたい?」 「何かの種ですか?」 今度は椎名の目が細められて、自慢気に同じ小さな球体が入った袋を掲げてみせる。 「……知りたい?」 「だから、何なんですか?焦らす程のネタなんすか?」 「……あのね、まゆサンの……」 コンコンコン。 その瞬間、規律の良い音がラボの扉の向こうから響いてきた。 途端に椎名の頬が綻ぶ。袋を掲げたまますたこらと扉の方へ駆け寄る。 「椎名先生!?真雪と関係あるんすか?ちょっと……」 小鳥遊が椎名の後を追う。まさか自分の恋人である真雪の名前が出てくるなんて思いもしなかったからだ。 しかも肝心な所で椎名の心は既にラボの扉の向こう側へ向けられていた。 「……ヒロくん、いらっしゃい」 開いた扉の向こうから教え子でもある北条大海が顔を覗かせた。 「こんにちは、椎名先生。一応、小鳥遊センセーも」 挨拶が済むまでに椎名は勝手にその白衣を着た腕を大海の背中に回してくっつく。 「……椎名先生、どうしたんです?ご機嫌斜め?」 「斜めなのはこっちだよ!」 椎名の肩に手を置いた大海を睨むように小鳥遊は叫んだ。 「……たかなっしー、怖い」 「だーかーら、椎名先生。たかなっしーって呼ばないでくださいよ。しかも『怖い』って棒読みじゃいすか。そしてどうして椎名先生が真雪と接点あるんですか!?」 この会話だけで何が起きていたのか一本の線に繋げる頭の回転力を併せ持つのが大海だ。 やれやれと言う表情で苦笑いをすると、椎名のことをやんわりとたしなめた。 「椎名先生、真雪サンとは園芸仲間だと説明しないとたかなっしーさんは勘違いして取り乱しちゃいますよ。たかなっしーさん、真雪サンのこととなるとグダグダになっちゃいますから」 「ほ、北条、お前!ってかお前までたかなっしー呼ぶな!」 「良かったじゃないですか。椎名先生からアダ名で呼ばれるなんてまずないんですから、栄誉なんですよ?正式に受け入れられた証拠です。そして椎名先生が手に持ってるのはこの間、中庭に来ていた真雪サンから頂いた花の種です」 「……そう、そう。……そう言うこと、たかなっしー」 「……っ、話を紛らわしくしないでください!」 こうして小鳥遊の叫びはラボに響き渡り、虚しく消えて行った。 (……ねえねえ、ヒロくん。まゆサンってたかなっしーの何?) (これ、ですよ) (……ああ、まゆサンの男がたかなっしーなんだ……。へー) (こらそこ!話聞こえてるぞ!) (……へえ) (椎名先生、なんすか?その顔!?) (……別に……) |