椎名的方法論 -2-



 


「紫サン」
「……どうした、椎名?」
「こないだの話……間違ってると思う。だって葉っぱの一枚を毟る子どもより、株を食べ尽くしちゃう草食動物の方が、クローバーにとっては危険だと思うから……」

 ぼそぼそとそう言った椎名に、紫は目を見張った後、笑顔で頷いた。

「そうだな。だけど自然界で生き残るためには、リスクはより少ない方が良いだろう?」



 椎名は彼女の言葉を一晩かけてありとあらゆる角度から検証した。
 そうして出した結論を、だが彼女は一言で論破したのだ。
 ──だって椎名は、その答えに、納得してしまったから。



(……面白い)



 会話を楽しむ、と言う意味が、少しだけ解った気がする。

 志乃とは沈黙すら心地良い間柄だ。
 大海は喋り上手の聞き上手で、返しやすい言葉をかけてくれるので気を遣わなくても会話ができる。

 だが、彼女は。

 どちらでもない紫の言葉には、椎名は自分から言葉を返したくなる。



 だけど、

(どうして俺は、)



「そうだね。じゃあ紫サンは、ここを大事にしてあげて……?」
「ああ、そうする」
「だって……ここは、」



(俺は、彼女に、)



「……ここはね、」






(俺と志乃しか知らないことを、話してみる気になったのだろう──)






「志乃が、見つけたんだ」



 椎名の言葉に、紫は僅かに目を見開いた。

「志乃ちゃんが?」
「最初に、志乃がここで七つ葉を見つけた。七つ葉なんて資料でしか見たことがないから、驚いて……」
「そうなのか。私も昔、見つけたぞ」
「紫サンも?」
「一回だけ。六つ葉はごく稀に見つかるんだけど、七枚は一回っきりだ」



 そう言えばアレはどこにやったかな、そう首を傾げる彼女を見て、そして椎名は驚いた。知らず、自分の口角が上がっていたのに気づいたから。
 どうして──自分は、笑っているのだろう?

 やがて、あ、と彼女は声を出した。すまない、突然の謝辞に椎名は首を傾げる。自分が──彼女が──何かをしたのだろうか?



「志乃ちゃんと椎名の大事な場所に、邪魔をした。……すまない、私はどうしても、そういう所に気が回らなくて……」

 少し気まずそうな彼女は、どうも秘密をばらしたことに気を遣ってくれているらしい、そう気づいて椎名は言葉を重ねた。ばらしたのは、自分だ。

「良い。二人の秘密っていうのも楽しいかも知れないけど……知って貰うのも、悪くない」



 そう言うと今度こそ彼女は大きく目を見開いた。そして声を上げて笑う。
 全く理解できず眉を顰めると、悪かった、と笑いながら彼女は椎名の肩を叩いた。



「ああ、いいな。安心した」
「……何が」
「椎名でも、ちゃんとノロケられるんだって。だって志乃ちゃんのこと話してる椎名、すごく良い顔してるから」



 ……彼女の言葉は予測不可能で。

 でもそれが不快ではないという不思議。



(志乃や、ヒロくんは、だから紫サンが好きなのかな……?)



 ──少しだけ、二人の気持ちが判った気がした。






 【方法4:好きになってもらうために、好きになろう】

 ……そうメモ紙に書き込んで、椎名はハタと気がついた。

(あれ……?)

 何かが違ってきた気がする。何だろう。判らない。

(……まあ、良いか)

 椎名は疑問を棚上げして、来訪者を待った。






 その頃。



「……おかしいと思わない?」
「思います」
「まだ何も言ってないんだけど」
「先生か、紫サンでしょう?」
「なんでわかったの?」
「僕、昨日、旧校舎裏で話し込んでる紫サンと先生を見たんです。珍しい組み合わせだなって思って……何を話してたのか先生に聞いたら、『秘密』って言われました」
「ああそれで若干むくれてるんだ北条君。……実はアタシも今日の昼、先生とお昼食べようと思ってそう訊いたら、『昼は紫サンが来るから』って断られて……」
「……どっちに妬いてるんですか佐伯先輩」
「…………わかんない」
「まあ、それでとっちめに行きたいんですね。わかりました、善は急げ、です。今から一緒に行きましょうか」
「……行く」



 そんな会話が成されていたことを、椎名は知らない──


 
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