椎名的方法論 -1-



 


 ──椎名智久は苛立っていた。



「先生それでね、紫ちゃんってね……」
「聞いて下さいよ先生。今日紫サンてばね……」
「その時、紫ちゃんが……」
「あの時の紫サンてば、本当に可愛くって……」



 大好きな二人の口から出る、同じ名前。

 大好きな二人が、別の人の話ばかりして、
 その時の二人が、とても良い顔をしていて、
 それが、面白くなかったからだ。



(どうして俺といるのに、他人の話題ばかりなんだ……?)
(志乃もヒロくんも、俺より紫サンの方がいいのか……?)



 せっかくできた、大好きなひとたち。
 その一番は、俺じゃないのか……?

 どうしたら、俺が一番になるんだ……?



(──そうだ)

 それは、ふとしたひらめきだった。

(紫サンが、俺のことを好きになったら……?)
(そうしたら、大好きな二人の気持ちも、もっと自分に向くんじゃないか──?)



 それはとてもいい思いつきに思えた。
 だから俺は、そのための策を考えることにした──






椎名方法論



 【方法1:まず相手を識ることからはじめよう】

 ──『知る』ではなく『識る』というあたりが椎名の椎名たる処である。
 そしてそのために椎名が採った手段とは──



「はあ? 2年A組鷹月紫の個人データが欲しい?」

 保健室の主である白衣の女性教師は、目の前の白衣の生物教師が肯くに至り、眉間に寄せた皺を深め大きなため息を吐くと、彼に向かって雷を落とした。

「……ふざけんじゃないわよ個人情報保護法に引っかかるとかそういう以前にうら若き乙女の個人的身体データをアンタなんかに渡すわけないでしょう!」



 ──こうして【方法1】は呆気なく失敗に終わった。






 【方法2:改めて、相手を識ることからはじめよう】

 個人データを入手することに失敗した椎名は、データを自分で集めることにした。
 ちなみに、今持っているデータはと言えば──



(鷹月紫……二年A組……女子……ヒロくんの彼女……)

 ……この程度。
 否、他には無いだろうか?

(……文芸部)

 彼女と、志乃と大海を繋ぐ一番重要なもの。
 だけどこれは自分に縁のないもの──



(でも……だから彼女は、毎日この旧校舎に来る)

 そうと気づけば、対策は立てられる。
 彼女を追わなくても、自分からやって来る彼女を観察していればいい。

 椎名は自分の研究室から、渡り廊下を見張ることにした。
 同時に志乃や大海との会話の中から、彼女の情報を集め、淘汰していった。



 ──そして一週間。






 【方法3:お近づきになってみよう】

 その機会は意外と早く訪れた。



「……何見てるの」

 自分が手入れを行う旧校舎裏の花壇──正確にはその傍ら──にうずくまっていたのは、ストレートロングの黒髪を流したセーラーの少女。
 それが鷹月紫だとすぐに判ったのは、ここ数日ずっと彼女を、その背中を目で追いかけていたからだ。



「ん? ああ、椎名か。ここの白詰草の群生を見ていたんだ」

 事も無げに、彼女は答えた。クローバーの茂みを、かき分けながら。
 ──何気ない草むらが持つ意味、それに彼女が気づいたことを、椎名は嬉しく思った。



「……わかる?」
「すぐわかった。私は昔から見つけるのが得意だったから。でも、ここは、特に多いな」

 彼女は指で一点を差した。何の変哲もない葉、だがそこに在るのは──四枚の小葉を持つ変異体。即ち四つ葉のクローバー。
 それが、あちらこちらにちらほらと見受けられる。



「……知ってる?」
「何を?」
「数字で表すと、『四つ葉のクローバー/三つ葉のクローバー』は『1/10,000』ほどの頻度になると推定されているんだ……」
「そうなのか?」

 椎名の言葉に、彼女は意外な程に食いついてきた。

「でもそれにしちゃ、わりと良く見る気がするんだよな」
「四つ葉は『四つ葉』として認識するけど、三つ葉は『その他大勢』としてカウントしないからじゃないの……?」
「そうなのか。納得。でも、じゃあこの株みたいに、ひとつの群でたくさん見つかるのは何故なんだ?」
「……四つ葉のクローバーの発生要因は未だ議論がなされている所だ」

 彼女の問いに、椎名は頭の中の知識の本を紐解いた。そしてそれを諳んずるように彼女に語る。

「四つ葉のクローバーの希少性は、低頻度で発現する劣性遺伝子の存在を示唆している。一方、四つ葉のクローバーは環境要因に起因する体細胞突然変異や形態形成の異常、また一個体の中で偶然分離した複数の遺伝子の相互作用によっても引き起こされ得る」
「……つまり、四つ葉になるリスクが高い株、ってことなのかな」



 椎名は頷いたが、同時に首を傾げた。

(何故紫サンは、『リスク』という、どちらかと言えば否定的な言葉で、俺の言葉を結論づけたのだろうか)

 そんな椎名の表情の変化に気づいたのか否か。彼女は笑いながらこう続けた。



「だって四つ葉が多ければ、私みたいな子どもに大事な葉を毟られる率も上がるじゃないか」



 ──驚いた。

(そんな発想……俺はしたことない)
(だってそんなの、どんな文献にも書いてないから)

 即ち、
 彼女の論理は、椎名の持つ『知識』には当てはまらなかったから──


 
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