Please,call my name. -下-



 


 名前を呼ばれる度に。
 自分の中の、たがが外れる。

 名前を呼ばれる度に。
 彼女に対する、愛しさが募る。



「……大海……」

 紫サンの、僕の名前を呼ぶ声が、僕を満たしていく。
 ずっと好きで好きでたまらなかったひとに、名前を呼ばれる。
 それがこんなに、切なくなるくらい嬉しいことだなんて知らなかった。



 初めて触れた彼女の素肌は柔らかくて熱い。そして自分が唇で指で触れる度、吐息で、身体で、素直な反応を返してくれる。
 ――自分を感じてくれている。それが嬉しくて、僕はもっと大胆に彼女に触れた。

「……んんっ……」

 思いがけず零れた大きな声に、彼女は反射的に両手で口を押さえる。――あ。駄目、押さえちゃ。堪えちゃ駄目。
 僕は口を覆ってしまった彼女の両手をそっと外した。潤んだ瞳で睨まれたので、宥めるように優しくキスをする。

「……聞かせてください」
「やっ……」

 力無く抵抗しようとした彼女の両手を、そのままベッドに縫い止めた。隠すもののない彼女の裸身は、薄明かりの下でもとびきり綺麗で、目を逸らすのが惜しいくらいだ。



「お願い、隠さないで……紫サンの全部を、僕に教えてください」






 彼が与えてくる全てに、私は翻弄されている。

 熱っぽい声。激しいキス。優しい愛撫。良く見知った筈なのに全然知らない彼。……男の彼。
 ドキドキし過ぎて、どうにかなってしまいそうだ。

 小さな声でそう告げると、大海はちょっと目を見開いて、そして笑った。額にキスをひとつ落として、それから私をじっと見つめる。



「紫サン……いいですか?」



 その瞳は熱い欲望に燃えていて。
 飲まれるように頷くと、ぎゅっと抱きしめられて、耳元でそっと囁かれた。――愛してます。
 返事はできなかった。想いを口にする前に、思考のすべてを奪うような、深く激しいキスをされたから。大好き、愛してる。想いの丈も吐息と共にすべて彼に奪われる。そして次の瞬間、



「っん……ああっ!」



 反射的に逃げようとするも、彼が抱きしめているため逃げるに逃げられない。初めての痛みに、瞑った眦に意思とは関係なく涙が滲む。
 深く、尚も深く。――刹那のような永遠のような時間の後、ようやく私とひとつになった大海が、唇で涙を拾ってくれた。



「ごめんなさい。泣かせちゃいました」

 まだ涙でぼやけた視界に映るのは、困ったような、それでいて嬉しそうな、そして限りなく満たされたような大海の顔。
 何度かまばたきをして、涙の残滓を振り払おうとする。気づいた彼が、指で綺麗に涙を拭ってくれた。



「……痛いですか?」
「大丈夫……」

 気遣うように聞かれた言葉に、反射的にそう返す。だが大海が僅かに動くと、再びの痛みに眉根が寄った。
 それでも私は――



「……ちゃんと、嬉しい」

 彼とひとつになれたこと。――彼に、はじめてをあげられたこと。
 万感の想いを込めて微笑むと、大海は私を優しく抱きしめた。

「僕もです」



 耳に吐息のかかる距離でそう言われ、つま先まで甘く痺れる。
 幸せってこういうのを言うんだろうか、そんなことを考えていた私に、でも、と彼の不穏な言葉が届く。



「先に謝っておきます。ごめんなさい……あなたのこと、もっと啼かせたい」
「……え? っあっ」



 ――その言葉を理解する前に。

 大海が予告無しに身体を押しつけてきて、私の口から思わず声が漏れた。それが二度、三度と繰り返される。一度漏れ出した声は最早抑えようがなく、彼が動く度喘ぎ声となって止め処なく零れていく。
 やがて痛みは徐々に薄れ、代わりに彼がもたらす熱と衝動が私を支配した。――もう何も、考えられない。
 遠く、近く、大海が私を呼ぶ声がした。私も熱に浮かされたように、ただひたすら、彼の名前を呼ぶ。



「紫、サン……」
「……大……海……っ!」






 求められるまま何度も名前を呼んで。
 求められるまま彼に全てを委ねた。

 ――泣きたくなるくらい幸せだと、そう思った。


 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
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