青い春の女子のとある悩み事








「志乃って八方美人だよね。」

いきなりクラスメイトに言われて言葉の意味が飲み込めず、思わず携帯を弄っていた顔を上げる。
いつものように休み時間に他愛ない話をしている中での出来事だった。

「あ、わかるー!」

手を叩いて同意する他のクラスメイト。
アタシはその言葉の意味を理解し、飲み込まれないようにした。表は平常心を保ち、内でゾワリと冷たい何かに攫われる。

――取り敢えず、耐えろ。

それがアタシの使命であった。





「ちょっとそれは褒め言葉じゃなくて皮肉じゃない?」

とアタシの隣の子は抗議をしてくれたけれど、アタシの冷たい闇は内にどんどん広がるばかりだった。

八方美人が非難の意味で使われることはよく知っている。
人に嫌われる事が怖くて、敢えてそう振る舞って来た自分を誰よりも知っている。

――だからこそ、その言葉は怖くて……。





「……美人つけてくれるんだ?ありがとう。」

泣き顔の表笑顔。

「『ありがとう』だって、ウケる〜。」
「志乃……。」

皮肉を残して行った二人は部活の為に教室を出て行った。隣でいつも教室でよく一緒にいる百佳が廊下を睨み付けていた。

「百佳、気にしないで。」
「だって、何なの?八つ当たりしたい時だけ何か口実つけて寄ってきてさ。結局は志乃に吐き出して知らんぷりなんてさ。」
「……ホントの事だから仕方ないよ……。」

百佳の言葉にはとても救われる。しかしアタシは吐き出し口に使われているとしても、その関係を否定することは出来なかった。





――嫌われるのが怖い。
――人が離れていくのが怖い。





「もーう、馬鹿志乃!」

額に笑顔の百佳から愛のあるデコピンを食らい、ようやく内なる闇の拡大化は収まった。
百佳はアタシの思いを半分程は知っている。
でも怖いと感じる気持ちを全て曝け出すことは出来なかった。
やはりそれも怖いのだ。

怖さに耐性等ない。その時その時に慣れて行くしかない。
その慣れはアタシの内に広がる暗闇に比例した。

それはまるで突如、ポッカリと空いた穴に独り取り残されたよう……。


弓道部に向かう百佳と新校舎で別れ、アタシはいつものように旧校舎の三階に足を向けた。

足が知らず知らずに重い。
まるで墨汁の広がった床を歩いているようだ。

『八方美人』。

かなり自分の中に重かったらしい。身体はいつだって正直だ。
ぐらりと視界が歪んでゆく。アタシがふらついているのではない。涙がそんな景色を作るのだ。

――泣きたくはないのに……。

握り拳で太股を思い切り叩いた。
アタシが八方美人だからいけないんだ。
アタシがしてきたことだから責任は全部アタシにある。
悪いのはアタシ。

――こんなアタシなんかっ……!





「志乃ちゃん?」

階段の上から柔らかい声が響いた。聞き慣れた声である。

「何かあったの?下向いて……。」

パタパタと階段を掛け降りて来る部長であるかんなちゃんにアタシは身動き出来ないでいた。
こんな情けない姿を知って欲しくはなかったのだろう。
でも声は出ない。涙は構うことなく出る。

肩に置かれた手にしがみついて、飛び付いて、わんわん大声で泣けたらどんなに楽だろうか。




――でも拒まれてしまったら。
――面倒くさいと距離を置かれてしまったら。


――待って、かんなちゃんたちはそんな風に感じると思う?
――貴女がいつも気が休むのはどこなの?





「……無理に話そうとしなくていいよ。でも味方が確実に三人いることは覚えておいてね。」

アタシの中にいる二人のアタシに寄り添うようにかんなちゃんは言葉をくれるとしゃくり始めるアタシの手を引いて階段を昇って行く。

――そんなの。そんなの。
――あの三人しかいないじゃない。これから向かう部屋にいるかんなちゃんを含めた……。





――温かい……。





アタシはどんな時も味方でいてくれる三人を見失わないようにしたい、そっと目を閉じてそう思った。





青い春の女子のとある悩み事

(自分探しの旅の始まり。)
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