小出高校の男子高校生の日常7



 


 馬鹿は風邪をひかないと言うけれど、
 自他共に認めるお馬鹿な中上が、ひかない筈の風邪をひいたのが、そもそもの始まりだった気がする。






「おはよー」

 教室に入った途端に感じた猛烈な違和感。
 その正体はすぐに判った。

「……って中上、どしたの?」
「見てわからんなら聞いてもわからん……ゴホゲホ」

 咳き込む中上はどう見ても風邪をひいているようだ。でも――



「おかしいだろ? なんで中上が風邪をひいてるんだか」
「松嶋……何が言いたい」

 がらがら声で噛みついた中上のおでこを、松嶋か突っつく。

「お前が風邪ひくなんて、天変地異の前触れ以外に有り得ないだろ」
「そこまで言うガホゴホゲヘ」
「でもちょっとひどくない? 大丈夫なの?」
「多分……ってか普段風邪なんかひかないからわからん」

 そう言ってまた咳き込む中上。ずいぶん酷そうだ。

「やっぱりしんどい?」
「ああ……ゲホ」
「僕も風邪なんかひかないからわかんないなあ」
「俺もだ」

 僕と松嶋が頷きあったところに、朝練を終えたらしい下野がやってきた。




「近寄るな。うつる」

 シッシッ、下野に手で追われる仕草をされて、中上が剣呑な目で僕たちを見た。



「うつってしまえゲホ」
「物騒なことを言うな!」
「物騒ってなんだゴホ!?」
「何せお前の風邪だからな。貰ったら最後な気がする」
「失礼千万なことを言うなボヘ!」

 中上……さっきから語尾がおもしろいんだけど。

「なら訊くが、『馬鹿は風邪をひかない』という格言を知っているか?」
「……知ってるガへ」
「で、お前は自分のことをどう思う?」
「オレは馬鹿だけど、少なくともアイツらよりは馬鹿じゃないゲボ」

 そう言って中上は、松嶋と僕を指差した。その言葉に噛みついたのは松嶋だ。

「ちょっと待てよ。だぁれがお前より馬鹿だって?」
「お前らだゴフ」
「俺は少なくともお前よりは馬鹿じゃない!」
「絶対お前のが馬鹿だオエ」
「うわっ馬鹿、吐くなよ馬鹿!」
「バカバカ言うな! 吐いてやるエホ!」



 馬鹿馬鹿しい馬鹿論争を繰り広げる馬鹿コンビ。『五十歩百歩』とか『どんぐりの背比べ』とかって言葉は、きっと二人の辞書には無いんだろう。
 否……それより二人に相応しいのは……



「……お前ら、『目糞鼻糞』って知ってるか?」

 呆れ顔の下野の言葉に、僕は重々しく頷いた。『目糞鼻糞を笑う』。まさにそれ。ぴったりだ。

「非道い……非道いぞ下野ガホ!」
「それから北条! 下野は成績がクラストップだから馬鹿じゃないかも知れないけど、お前は俺たちと同類項だろう! ちゃっかり下野の側に回るな!」
「僕、自分が馬鹿じゃないなんて言ってないけど?」

 むしろ馬鹿だと思ってるけど。
 じゃなきゃこれほどまでに知らないことがいっぱいある筈なんてないんだから。

 ため息を吐いた下野が、珍しく僕の肩を持ってくれた。



「どっちもどっちだ。お前たちは少しは北条を見習え」
「なんだと下野! ちょっと賢いからって、偉そうにボハ」
「中上! お前の風邪を下野にうつしてやれ! 風邪はうつしたら早く治るって言うしな!」
「よしきた松嶋! くらえ下野……ゲーホゲホゲホ!」
「止めんか中上! 松嶋も煽るな!」
「ハハハハハ! 『中上菌』は超強力だぞ!」






小出高校の
子高校生の
日常 



 中上の風邪菌は、言うまでもなく超強力だった。
 何せあの中上をも侵した風邪菌なんだから。

 直撃を被った下野は翌日もれなく学校を休み、ついでに巻き添えを食った松嶋も風邪をひき込んだ。
 ついでに言えば、結局その中上菌(仮称)はクラス中に蔓延し、1−Aでは暫くの間、咳とクシャミと鼻を啜る音が途切れることはなかった。

 おまけに頑丈なだけが取り柄の僕も、中上菌と僕の丈夫さとどっちが勝つかな、なんて他人ごとのように考えていたら、……敢え無く中上菌に完敗した訳で。
 そして熱を出した僕が紫サンに看病してもらったのは、また別の話。



 ……最後に。
 下野(とクラス中)に風邪菌をぶちまけた翌日、実にスッキリしたいつも通りの中上が登校してきたのも、また別の話である。


 
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