再会と名前と第二印象 |
掲示板の前で私は唸っていた。 右手に画鋲。左手にポスター。 そう。つまり私は、このポスターを掲示板に貼りたい訳だ。 別段、掲示不許可の某かを貼ろうと試み、それ故に躊躇っている訳ではない。ポスターの右下には、ちゃんと生徒会の掲示許可印が捺してある。 カラフルなポスターでいっぱいの掲示板に空白のスペースは少なく、これ見よがしに空いた特等席は手の届きそうもない上の方。どうにか出来ないかと四苦八苦してみたものの、どうにも出来ず今に至っている訳で。 (畜生。脚立借りてくれば良かった!) だが今から脚立を取りに行っていては、希少な空きスペースすらなくなりかねない。私はもう一度、バレリーナの如く目一杯爪先立ち、腕を伸ばしてポスターを貼ろうと試み―― 「ここに貼りたいんですか?」 ひょいっ。伸ばした左手のてっぺんでプルプル揺れていたポスターが、上から引っ張られる形で奪われた。反射的にそれを追いかけようとした私は仰け反る形でバランスを崩す。ヤバいコケる―― 「……おっと」 思っていたより早く、柔らかな衝撃がきた。壁ではなく人に受け止められたのだと気付いたのは、視界にその人の姿が映ったから。 空いた右手でよろめく私を難なく支えた相手の、その顔……ではなく見上げる角度に覚えがあった。 「君は……」 ちょっと長めの癖のない髪。ダークブラウンのセルフレーム。――背高のっぽの新入生。 名前はなんだっけ。笑顔が印象的だったのは覚えているけど、顔はおぼろげにしか覚えてなかったし……て言うか! ……今の笑顔は可愛いな、と思って。 入学式の日の私に対する爆弾発言を思い出し、思わず彼から距離を取る。 すると彼は右手を広げて差し出した。 「……何!?」 「画鋲、貸してください」 「え?」 「ほら」 ずいっ。近づく手に押し切られる形で私は右手の画鋲を手渡した。彼は掲示板の空いた場所に手早くポスターを貼り付ける。労することなく、いとも簡単に。 ……羨ましい。あの日と同じ思いがチクリと胸を刺す。 それを押し隠すように、私は笑顔を作って礼を述べた。 「ありがとう。えっと……」 「北条大海です。大きい海と書いてヒロミと読みます。良かったら名前で呼んでくださいね」 「助かった、……北条」 私は彼の言葉を意図的に無視した。良く知りもしない男子を名前呼びする習慣は持ち合わせていないから。 彼はちょっと残念そうな顔をした。きゅーん。折れた耳に垂れた尾が見える気がする。コイツなんだか大型犬に似てるな、と私は失礼なことを考えた。 ……暫し、沈黙。 他に何か言うべきだろうか、それとも立ち去っていいだろうか。 ポスターも貼り終わったし、別段ここに留まる理由がないことに気づいた私は、次の掲示板に向かうべく歩きだそうとした。 そこでまた声をかけられた。 「……よければそっちも手伝いましょうか?」 北条が指さすのは私の持つポスター。まだ結構な枚数が残っている。 「いいよ。そこまで迷惑かけられない」 「別に迷惑じゃないですよ。それに、どのみち他の掲示板も同じような状況じゃないんですか?」 言われて私は言葉に詰まった。 確かに彼の言葉には一理ある。自分が貼り終えてきた掲示板もかなり埋まっていたし、他の掲示板がここみたいに高いところしか空いていないとも限らない。彼に手伝ってもらった方が、脚立を取りに行くよりはるかに効率的だ。他にも仕事は山積みで、ポスターにばかりかかずらっている訳にはいかないから。でもやっぱり…… 葛藤を始めた私の気持ちを読んだように、北条は言葉を重ねる。 「ついでに、校内を案内してくれたら嬉しいんですけど」 ニコニコ。 てらいのない笑顔に私は負けた。 「……わかった。よろしく頼む」 「ところで、センパイは何て名前なんですか?」 歩き出した私の後についてきた北条がそう問うてきた。 それで私は、彼に名前を名乗った覚えがないことに、今更ながら気が付いた。 「鷹月。鷹月紫」 「紫……さん、ですか。可愛い名前ですね」 ――また言われた。 イラッとしかけて、先日かんなちゃんに言われたことを思い出す。彼に悪気はないんだから。 私は足を止めた。つられて立ち止まる北条を見上げ、きっぱりと言う。 「北条。それ、止めてくれ」 「え?」 「可愛いとか。そう言われるの、私は好きじゃないから」 北条は首を傾げた。 「そうなんですか?」 「そうなの!」 何やら不満そうな北条を一瞥する。すると彼は、しぶしぶといった風に同意した。 「わかりました。思ってても言わないようにします」 「思わなくていいから!」 ……あーもう面倒くさいヤツ。 私はやや足早に歩き出した。それでも北条はゆったりとした歩みで付いて来る。コンパスの差が有りすぎる。 コイツ、悪気がないからムカつく。 北条大海という一年生に、私は心の中でそうレッテルを貼った。 |