Do you have a fever? -3-



 


 私も、熱に浮かされたみたいだ。

 今の私は、頭がぼうっとしていて、顔が火照っていて、鼓動も早くて、知らず息が弾んでいて。
 それが近すぎる程近くにいる北条がもたらした、一過性のものだなんて思えない程、その症状は発熱に酷似していた。



 …………って。

 それは、マズい。



「北条……頼むから、離してくれ。熱をうつされたら、看病出来なくなる」



 やっとの思いでそう言うと、ようやく私を拘束する腕の力が緩んだ。そろそろとそこから抜け出して、大きな身体を毛布できっちりくるんでやり、それからもう一度額に手をやる。……やっぱり熱い。

「何か欲しいもの、あるか?」
「……リンゴ……」
「わかった、探してみる。飲み物は?」
「お茶……」
「じゃあ待ってろ、用意してくるから」
「やだ……ここにいて……」



 素直な甘え方はいつものそれとは違っていて。
 わかった、そう言って頭を撫でてやると、北条は気持ちよさそうに目を細めた。
 だけどそれを止めて手を引っ込めると、淋しそうな顔で此方を見遣る。



「どうした?」
「手……」
「……手?」
「繋いで……」
「……ちょっとだけだぞ」

 子どものような言い分を、子どものような口調で言われ、私は少しだけ笑って毛布の中の彼の手を握った。

「少し寝ろ。ここにいてやるから」
「はー……い……」



 程なく北条の口から寝息が漏れ始めた。暫く待って、しっかり眠っていることを確認してから、そっと繋いでいた手を解く。
 もう一度額に触れると、そこは少ししっとりしていた。汗をかき始めたのなら、そろそろ冷やしても大丈夫だろう。私は大地さんが用意してくれていたタオルを、水に浸してから北条の額に乗せた。
 それから目が醒めたときの彼の要望に応えるべく、そっと家を出た。






 大急ぎで買い物を済ませたつもりだったが、気がついたら一時間近く経っていた。慣れない店の勝手がわからない売り場で、余計な時間を食ったらしい。
 慌てて北条の家に戻り、恐る恐るリビングを覗くと、出かける前と殆ど変わらない北条の姿。ホッとしながら荷物を置き、買ってきたリンゴを洗って綺麗に剥いた。
 それからずり落ちてしまっていたタオルを拾って、水に浸し直して額に戻す。
 ――北条の長い睫が、震えた。



「……ん」
「すまない、北条。起こしたか?」
「紫……サン?」



 私の声に、まばたきを二度、三度。そうして北条は目を開けた。まだまぶたは重そうだ。

「具合はどうだ?」
「……熱いです……」
「熱が下がってきてるんだろう。お茶かリンゴか、何か要るか?」
「……リンゴ、あるんですか?」
「さっき買ってきた」

 私はキッチンからリンゴを盛った皿を持ってきた。緩慢に身を起こしていた北条に、それを突きつける。

「要るだけ食べて、薬を飲んでおけ。市販薬だが飲まないよりはマシだろう。そして早く治せ」
「……紫サン」
「何だ?」
「食べさせてください」



 甘えたモードは継続中らしい。だが私はさっきまでとは違うことに気づいていた。
 喋り口調が、いつもの敬語に戻っている。



「元気が出てきたんなら、自分で食え」
「紫サンが食べさせてくれなきゃ、元気になれません……」



 わざとらしく口元まで毛布を被る確信犯に、私はため息を吐いた。……全く、もう。



「……ほら」

 フォークで刺した一口サイズのリンゴを、北条の鼻先で揺らしてやる。鼻腔をくすぐる爽やかな香りに、彼はは嬉しそうに口を開けた。
 だけど彼がリンゴをかじる寸前、私はフォークを引っ込めた。そしてそれをそのまま自分の口に放り込む。
 北条が恨めしそうな顔で私を見た。……ちょっと優越感。



「紫サン……意地悪です……」
「元気が出てきたなら自分で食えと言ったろう。ほら、早く食べろ」

 むしゃむしゃ、リンゴを咀嚼しながら私は次のリンゴにフォークを刺した。それから今度はちゃんと北条の口の中に放り込んでやる。
 見開いた目を嬉しそうに細めながら、北条はリンゴをゆっくりと噛んで飲み込んだ。そのタイミングで次のひとつを差し出すと、今度はそれに自分からかじりついた。



「紫サン……甲斐甲斐しいなあ……」
「今日だけ、特別だ。病気の時くらいは甘やかしてやる」
「……普段も甘やかして欲しいです……」



 文句を言いながら、また雛鳥のように口を開ける。
 いつもなら怒るところだが、今覚える感情は『仕方無いな』というもので、私はリンゴをもうひとつフォークに刺して、それを北条に差し出した。






Do you have a fever?



(ねえ紫サン。風邪って人にうつしたら早く治るって本当ですか?)
(根拠は無いが、そう言うな)
(……試してみたいって言ったら、怒ります?)
(…………何をするつもりだ?)
(何って、キ……)
(絶対駄目だ!)


 
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