Do you have a fever? -1-



 


 彼は、いつも笑顔を絶やさない。
 だから気づけないこともあるのだ。

 笑顔の裏でどんな顔をしてるかなんて、気づけっていう方が困難だ。






Do you have a fever?
-お熱、ありますか?-



 なんだかいつもより反応が鈍い。最初の違和感はそれだった。
 声をかけてもぼーっとしていて、いつもだったら煩いくらいにまとわりついてくるのにそれもなくて。どうかしたのか、そう訊いたら、ちょっと寝不足で、そう笑顔で返してきた。いつもと同じ、顔で。

 次の違和感は触れた時に覚えた。何気なく触れた彼の手が、――熱くて。
 私は彼を手招きした。



「北条。ちょっと」
「……何ですか?」



 座る私に目線を合わせてきた北条の頬に触れる。……熱い。
 そのまま長めの前髪に隠れた額に指を滑らせる。……やっぱり熱い。



「紫サン、手、冷たくて気持ち良いですねー」
「北条……お前、熱あるだろ!?」
「無いですよ?」



 事も無げに言う彼はいつも通りの笑顔を浮かべている。
 私は両手で北条の前髪をかき上げた。そして露わになった額に、コツン、自分の額を押しつける。……明らかに熱い。



「ええと、紫サン……近いですよ? このままキスしちゃってもいいんですか?」

 ……話す度かかる吐息まで熱い。

 私は北条を自分の座っていた椅子に強引に座らせた。



「北条。お前今日はもう帰れ」
「イヤです。紫サンと一緒に居たいです」
「我が儘言うな。絶対熱あるだろう!」
「無いんです。だから紫サンと居たいんです」



 駄々っ子のようにそう言う北条を見て、私はため息を吐いた。熱があるのは間違いないだろうが、無いと言い張る理由が判らない。だけどこのまま放っておくこともできない。

「……わかった。じゃあ、一緒に帰ろう」

 妥協案を示した私に、北条は渋々、といった体で頷いた。






 駄々っ子北条の熱い手を引いて、私は北条の家へと向かう。自転車は邪魔になるので学校に置いてきた。また後で取りに戻ればいいだけだ、近い距離だし。
 北条の家のリビングの、ソファーに北条を座らせる。体温計は、と訊くと、知りません、と実に頼りにならない返事。仕方がないので、彼のお父さんとお兄さんが居るだろう美容院のスタッフルームをそろっと覗く。
 そこで立ったままお茶を飲んでいたのは、良く見知った長身だった。



「あれ……紫ちゃん、こんにちは」
「大地さん! 丁度良かった、北条が熱出したみたいで……体温計、ありませんか?」
「ヒロが熱? 明日槍でも降るかなあ」

 悠長なことを言わないで。そう言って急かしたい気持ちを、拳を握り込むことで押さえる。深呼吸をひとつ、ゆっくり息を吐き出して冷静になると、気持ちが急く余り挨拶すらしていなかったことに気がついた。
 だが逃した期は取り戻せず、どこにやったかなあ、とのんびり棚を漁り始めた大地さんの背中を、私は黙って見守った。

「うちの家族は皆頑丈でね。ヒロだって、熱なんか出した記憶ないんだけど。鬼の霍乱、ってヤツなのかな……ああ、あったあった」
「ありがとうございますお邪魔します」



 体温計を受け取った私は一息に言い切って、クスクス笑う声を背中にリビングに戻った。
 ソファーに寝転がっていた北条は、私が帰ってきたのに気づくと身体を起こそうとする。その熱い額を押さえて、私は抜き身の体温計を彼に渡した。

「ほら、起きなくていいから熱測って」

 北条は不承不承体温計を脇に挟んだ。なかなか鳴らない電子音。もどかしくなって数字を盗み見ようとした刹那、待ちくたびれた音が鳴った。のろのろ、北条が取り出したそれを引ったくって――絶句。



「おま……39度越えてるじゃないか!」
「……え?」



 39.3。どっちから見ても3と9と3。何度見ても見間違いじゃないその数字。



「今寝ろ即寝ろとっとと寝ろ!」
「なんで紫サンがそんなに狼狽えるんですか?」
「なんでお前はそんなに平然としてるんだ!?」
「何度あったの? 熱」



 ひょいとリビングに顔をのぞかせたのは大地さん。私はもう一度体温計の表示を見遣って、見間違いでない数字を告げた。

「……39.3度、でした」
「あらら……」

 大地さんは頭を抑えた。それから、やおら真顔になって私を見る。



「紫ちゃん。ちょっとだけヒロについててやって欲しいんだけど、頼めないかな?」
「え……?」
「今から忙しくなるんだ。父さんも俺も、正直ヒロにかかずらってる隙は無い。そもそもさっき言ったように、俺たち家族は頑丈だから、熱を出したときの対処法なんて判らない」
「はあ……」

 それはまたすごい理由だよな、私は頭の片隅でそんなことを考えた。

「だから……頼む、紫ちゃん。ヒロだって紫ちゃんが居てくれたら嬉しいだろう?」
「え? 紫サン、本当に居てくれるんですか?」

 到底39度の熱があるとも思えない北条が、笑顔になって訊いてくる。
 私は返答に窮した。本当は北条を家に送り届けたら帰るつもりだったのだ。でも――



(独りにするのもな……一応、病人なんだし)

 私はため息を吐いて、頷いた。



「わかりました。ちょっとだけ」


 
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