小出高校の男子高校生のバレンタイン



 


 その日、朝から校内の空気はピンクがかっていた。
 ……別段空気に色がついている訳じゃない。恋する女子とモテる男子とモテたい男子が織りなす尋常でない緊張感がもたらす、幻想の色だ。

 いつもより少し早めの時間、予鈴よりだいぶ前に登校してきた僕の下駄箱には、小さな包みが三つ、入っていた。
 ……困ったなあ。僕今年は本命しか要らなかったんだけど。
 直接渡されたなら断れるけど、置いて行かれたものには対処の仕様がない。わざわざ返しに行くのも可哀想な気がするし。

「おはよー」

 本鈴と教室に入ると、ピンク色がさらに濃くなった気がした。むしろなんかピリピリしてる気がするし。
 そして机の中にまたひとつ、見覚えのない包み。これ紫サンが知ったら妬いてくれるかな、なんて僕は不謹慎なことを考えた。






「彼女がいるのは知ってます! でもどうしても、気持ちだけでも受け取って欲しくって……」
「わかってるならいいんだけど。でも、モノも気持ちも何も、お返しは出来ないよ?」
「それでもいいんです!」
「わかったよ。じゃあ、頂きます……ありがとね」



 にっこり笑顔でお礼を言うと、目の前の女子は真っ赤になって、それからパタパタと走り去っていった。……これで五つ目。
 教室に戻ると、何故だか中上と松嶋に睨まれた。気にせず自分の席に戻って、食べかけのサンドイッチを口に放り込む。そして時間をかけてそれを咀嚼し飲み込んでから、僕は尋ねた。



「どしたの、二人とも」
「北条。お前、彼女いるよな?」

 中上が重々しく問い返す。

「愚問じゃない?」
「だったらなんでチョコなんかもらってんの?」

 と、今度は松嶋。

「……成り行き?」
「「彼女持ちが彼女以外にチョコもらってんじゃねぇぇぇ!!」」

 首を傾げて答えた僕に、二人の声が見事にハモった。



「毎年、今年こそはと思いながら、年々その想いも薄らいでいくっていうのに……」
「結局バレンタインなんて、一部のモテ男だけのためのお祭りにすぎないんだ……七割方の男にはほぼ関係ない行事なんだ……」
「それでも一応朝から期待して、そして期待した分一個ももらえなかったときの落ち込みがハンパない日、それがバレンタインなんだからな!」



 そしてなにやら二人は二人のバレンタイン論を切々と語り出した。……面白いから黙って聞いてみよ。



「義理チョコだって構わない! とにかく二月十四日、今日この日にチョコが欲しいのに……!」
「そうそう。本命じゃなくても、もらえることに意味がある!」
「一個でもあれば、ほかの非モテ男子に自慢できるからな! オレはお前たちとは違うんだと!」
「ああっ! 今年こそ……今年こそ自慢したいっ! チョコを見せびらかしてやりたいっ!」
「わかる! わかるぞ松嶋!」
「中上! 我が同志よ!」



 ……もういっそ潔く清々しく暑苦しいまでにチョコ求めてるね。



「でもさ。チョコ位でそこまでがっつかなくても……」
「チクショウ! それはモテ男の理論だ北条!」
「いかにバレンタインなんて自分には関係ありません風を装っていたとしても、男子は皆チョコが欲しいんだ!」

「そしてもらえなかった者は涙し、もらえた者は感慨に浸る! それがバレンタインだ!」
「もらえたためしはないけどな!」
「中上! それは禁句だ!」
「……つまり、自分たちが恋愛と縁遠いことを、改めて認識し、悲しむ日、ってこと?」
「「頼むからそれを結論にするなっ!!」」

 二人の会話から導き出した僕の結論に、中上と松嶋が絶叫した。






小出高校の
子高校生の
バレンタイン



「あ、下野。どしたのその大量のチョコ」
「廊下を歩いていたらあちこちで押しつけられてな……こんなにどうすりゃいいんだか……」
「一応まだフリーだから実入りが多いね、下野」
「一応、とかまだ、ってなんだ」
「「だから彼女持ちがチョコもらってんじゃねぇぇぇ!!」」
「だから吉野は彼女じゃない!」
「……下野……誰も吉野だなんて言ってないよ?」


 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
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