小出高校の男子高校生の日常6 |
別段暖房を効かせていない教室は、それでも人の熱気で暖かかった。 片手でマフラーを解きながらそのぬくもりにホッとしていると、横合いから声がかけられる。 「おー、お帰り下野」 「早かったなー」 「わーい。待ってました!」 北条の視線は、如実に俺より俺が手にしたモノを待っていたと言っている。……さすがにムッとした。 「寒風吹き荒ぶ中を買い出しに行ってきた俺に労いの言葉のひとつもないのか」 「だって罰ゲームを遂行しただけじゃん。嫌なら勝てば良かったのに」 「勝てるか!」 「じゃあ勝負に乗らなきゃいいじゃん」 「乗せたのは北条だろう?」 「乗ったのは下野でしょ?」 ああ言えばこう言う北条に閉口した俺は、手の中の暖かい紙包みを北条に押しつけた。 UNOで負けた罰ゲームとして、学校のすぐ傍にある生徒御用達の鯛焼き屋まで足を伸ばしてきたのだ。無論見つかれば説教モノなのだが――抜け道はあちこちにあるものだ。 北条がホクホク笑顔で袋の中から鯛焼きをひとつ取り出して、残りを傍らの中上に渡す。それから松嶋がひとつ取って、ようやく俺に袋が帰ってきた。絶妙な甘さの餡子にしっとりした生地、そしてパリッとした羽根がたまらなく旨い。俺は手にした鯛焼きに、頭からガブリとかぶりついた。 「――全員、そのままでストップ!」 唐突にかけられた声に、全員の動きがピタリと止まる。鯛焼きを頬張りかけたまま、という間抜けな姿で静止した俺たちを、北条が順繰りに見回した。 「中上は頭から、松嶋は尻尾から、下野は頭からね。うん、ごめん、いいよ食べて」 「……何の話だ?」 「ん? 鯛焼きをどっちから食べるか、って話」 自分も鯛焼きを頭からかじりながら、北条が言葉の意図を解説する。……意味が解らない。 「それに何の意味があるんだ?」 「こないだ紫サンと論争になってさ。鯛焼きをどっちから食べるかって」 「あー。絶対皆主義があるよなー」 「解るわー。オレも頭からは譲れない!」 うんうん頷く松嶋と中上に、俺は首を傾げた。意識して鯛焼きを食べたことはないが……そう言えば俺もいつも頭から食べている、気がする。 「紫サンは尻尾から派でね。でも食が細いから結局一匹食べきれなくて、中途半端な頭を貰うのがなんだかビミョーな感じで。それを言ったら、『鯛焼きは尻尾からだ!』って言い張られて」 「鷹月先輩、食細いのか。意外だな」 「ってか何さりげに間接キスしてんだよ」 「別にいいじゃん、彼女なんだから。で、話戻るけど、僕今いろんな人の主義をリサーチしてるんだ」 ぺろっと一匹を平らげ、二匹目に手を伸ばしながら北条は言った。成程。 「で、どうなの、実際問題」 「うーん、そんなに聞いた訳じゃないけど、今のところ、頭4.5割、尻尾4.5割、かなあ」 中上の質問に応じた北条の答えは、その和が何故か十割にならない。俺と同様に首を捻った松嶋が、北条に聞き返した。 「残り一割は?」 「少数の変わった意見がいくらか」 「少数派が一割もいるのか」 「うん。鯛焼きをマニアックに食べる人たちが何故か多くてね……」 苦笑する北条。マニアックな鯛焼きの食べ方がどんなものか、それを誰がやっているのかが非常に気になるところだ。 そしてそれを遠慮呵責なく訊くのが、ここにいるバカ二人である。 「例えば、誰がどんな食べ方すんの?」 「うーん、名前言わなきゃダメ?」 「ぼかしてて構わないから言えよ。気になるじゃん」 ……バカ二人のどうでもいいことに対する探究心は計り知れない。 気圧された北条が首を捻りながら口を開いた。 「えーとね……餡子苦手だからって外側の皮だけを食べるSセンパイとか」 「……行儀悪くないか、ソレ」 「それがまた綺麗に食べるんだよ。見事なまでに」 「そりゃ見てみたいもんだな」 ……確かに見てみたい気がする。 「他には、興味深いからって鯛焼きのウロコの数を数え始めた末に解剖しようとして『食べ物で遊んじゃいけません!』って叱られるS先生とか」 「…………。それ絶対生物の椎名だろ……」 「あの得体の知れない教師を叱り飛ばせる猛者って誰だろ……?」 ……さすが生物教師……、 ……さすが椎名先生……。 「それから極めつけは、『魚はハラワタが一番美味しいのよ!』って豪快にお腹からかぶりつく女子Yとか」 「……そりゃまたオトコマエな食べっぷりだなあ……」 「ていうか鯛焼きに詰まってる餡子にミもハラワタもないだろが」 「だよねえ。何か違うよねえ」 ……その食べ方、俺見たことある…… 女子Yって……『吉野』、だよな…… アイツ……そんなオトコマエなこと言ってたのか……。 小出高校の 男子高校生の 日常 『魚はハラワタが一番美味しい』なんて、 ……俺、絶対、言えない。 |