来年の今日の予定



 


 想いが通じ合うまで、一体何年かかったのか。
 或いはそれはかんなが生まれてすぐからだったかも知れない。だって俺たちは、隣人で幼なじみなんだから。

 そんな俺たちだったけど、紆余曲折を経てようやく恋人同士になれた。
 そして今日は、二人で迎えた初めてのクリスマス。



 だけど。






「十和子さん、今日はお招きくださってありがとうございます」
「そんな畏まらなくてもいいのよ、かんなちゃん。今日はかんなちゃんが来てくれるって言うから、腕を振るっちゃったわ」
「わあ。十和子さんの料理美味しいから、楽しみ!」
「ふふ。遠慮せずに食べてね。やっぱり女の子がいたら華やかで良いわねえ」
「おかあさんズルい! ぼくもかんなちゃんのとなりがいい!」
「いいよ悠斗君。ここおいで」
「あら悠君、良かったわね。かんなちゃんの膝の上」
「へへーん。うらやましくってもかわらないからね、おにいちゃん!」



 ……母と弟が、俺の彼女を取り合っている。
 そしてそれに、かんながニコニコと応じていて。

 何故だろう。彼女が自分の家族と仲良くしているのは、良いことだし望ましいことの筈。なのに……



 ――この、やるせなさは何だろう。



「うちの親も親ですよ。クリスマスに、娘ひとりほっぽりだしてデートなんて」
「あら。いつまでも仲良しでいいことじゃない。私もああ在りたいわ。……まあ、うちの主人は仕事の人だけど」
「おじちゃんとおばちゃんがいないから、かんなちゃんがうちにいるんだよね?」
「うん、そうなるのかな?」
「じゃあ明日も二人でおでかけしてほしいなあ。そしたら明日もかんなちゃんがうちにくるから」
「うーん。それはどうかな?」
「えー。明日もきてよ、かんなちゃん!」



 十和子さんがかんなと話が弾んでいるのが面白くない。
 悠斗がかんなの膝の上に座っているのが、面白くない。

 面白く、ないんだ。



 俺は黙々と料理を口に運んだ。弾む話と進む食事の合間に、ちらちらとかんなが俺を窺っていたが、二人に阻まれて俺と話す機会はやって来なかった。






 食事を終えて、悠斗と遊んで、眠気が見えてきた悠斗を十和子さんが風呂に連れて行って、それでようやくかんなと二人っきりになった。
 俺がやりかけの洗い物を片づけていると、かんなは黙って横にやってきて、洗い終えた食器をクロスで拭いていく。二人とも、喋らない。だがこの沈黙は不快ではない。黙っていても苦にならない関係で居るのが嬉しい。
 あっという間に洗い物が片づいた。スポンジをラックに戻していると、かんながようやく口を開いた。



「こう兄……何か、怒ってる?」

 クロスを握り締めたかんなが上目遣いに訊いてくる。食事の間中静かだったことを気にしているらしい。

「いや……かんなこそ、呆れてないか? せっかくのクリスマスに、家で家族と過ごすなんて、って」
「ううん。だってこう兄、受験生だし。家族は大事だし。それに……」

 見上げていた視線を、かんなは下に向けた。身長差の所為でかんながどんな顔をしているのか判らない。



「……来年は、こうやって一緒に過ごせるかも、わからないでしょう?」



 だって来年は大学なんだし。
 かんなは小さな声でそう言った。

 俺の志望校は家から通える距離ではない。近くにアパートを借りる手筈を整えている最中だ。



「……淋しいのか?」
「淋しいよ。だってこう兄が居なかったこと、今まで無かったもん。クリスマスだって誕生日だって、一緒に過ごせるかわかんないもん。そう思ったら淋しくなっちゃった」

 ――駄目ね、私。そう言って自分にもたれかかってくるかんなが愛しくて堪らない。



「過ごせるさ。一緒に。クリスマスも誕生日も」

 俺はそう言ってかんなの肩を抱いた。

「……過ごせる、かな?」
「ああ」
「でも……」
「俺は出来ない約束はしない主義だ。だが……そうだな、できれば来年は、かんなと二人で過ごす方がいいな」
「わたしは今日みたいなのも楽しくていいと思うんだけど……」
「俺が、お前と二人がいいんだ」



 抱いた腕に力を込めると、うん、と頬を染めながらかんなが頷いた。……くそ。可愛い。
 唇を重ねたい想いを必死に抑えて、かんなの左手を取ると小指に口づける。

「約束だからな」
「うん。約束」









(あ、スケジュール帳家に置いて来ちゃった)
(……どうかしたのか?)
(ううん。ただ、書いとこうと思って。来年の今日は予定入ってる、って)
(かんな……そんな可愛いこと言うなよな……)
(え……ちょっと、こう兄……んっ)



 結局我慢できずにキスしてしまったのは、俺の所為ではなくて、全部かんなの所為だ。

 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
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