![]() | ミニスカ・サンタ狂想曲 -4- |
「……嫌いになんて、なりませんよ」 ――耳元で、声がした。 それが携帯からでなく直に届けられたものだと気づいたのは、ふんわりと柔らかく抱きしめられてからで。 「……北条……?」 「ハイ」 振り仰ぐと、怒っているような困ったような、それでいて嬉しそうな、複雑な表情をした北条が、そこにいた。 「ホントにゴメン!」 そのまま人気の少ない路地に引きずり込まれた私は、彼に飛びかからんばかりの勢いで謝った。 「その……怒ってる、よな?」 「怒ってません」 「でも……」 「怒ってないけど、拗ねてます。……紫サンが、僕に隠し事なんかするから」 私を抱きしめながら、北条は言う。いつもと、同じ。それが嬉しくて、安堵した。 「だからまず、何を驚かせようとしてたのか教えてください」 そう問われて、言いよどむ。でもサプライズより信頼の方が重要だ。私は小さな声で言った。 「……お前に、クリスマスプレゼントをあげたかったんだ。お前がビックリするようなのを。でもお金が足りなくて……それでバイトすることにしたんだ」 「…………そう、だったんですか」 「うん。ごめん」 もう一度謝ると、私を抱きしめた北条の腕に力がこもる。 「僕、吉野に聞いたんです。あなたがバイトしてること。だからこっそり見に行って……見つからなかったらそのまま帰ろうと思いました。だってあなたに、モヤモヤした感情ぶつけちゃうって、解ってたから。でも結局……」 ――だから、ごめんなさい。 北条の声も小さかったけど、耳元で言われたのではっきり聞こえた。 私はホッとして、そして笑った。……二人とも、馬鹿だよな。 「お互いがお互いを想って、喧嘩するなんてさ」 「でも今回は紫サンが悪いんですからね。だいたいクリスマス当日までバイト入れて、一体いつ僕とクリスマス過ごすつもりだったんですか」 「う……」 確かに、プレゼント代を稼ぐことに思考が行って、日程を確認しなかったのは自分のミスだ。それに―― 「バイト代出てないから……プレゼント、まだ買えてない……」 「本末転倒じゃないですか」 私は何も言えない。北条のため息が、私に重くのしかかる。 「……バイト、何時までですか?」 「七時まで……」 「そうですか……じゃあ今日は、一緒にいるの我慢します。その代わり、クリスマスプレゼントは今貰いますから」 「だからまだ用意してないって……」 ――問答無用で言葉が遮られた。 北条のキスは、深くて、激しくて、容赦なくて、言葉通り吐息まで全部貰われた。苦しくて涙が滲んだけど、それでもそれはいつしか優しいキスに変わった。もう怒ってないとでも言いたげな、啄むようなキス。 「明日は? バイトないんですか?」 「ああ。一応、今日までの予定だから」 「じゃあ、明日は一日、僕とデートしてくださいね」 「……うん。絶対」 私は約束の代わりに、目いっぱい爪先立って、もう一度、自分から唇を重ねた。北条が目を見張る。 「メリークリスマス、北条」 ……これは私から。北条が私から貰ったんじゃない、私が北条にあげたプレゼント。 「もう……適いませんね、紫サンには」 北条は自分が巻いていたマフラーを解いて私の首に巻き付けた。飾りっ気のないいかにもなメンズのマフラーは、サンタのワンピースとは酷くミスマッチだ。 「虫除けです。絶対に取っちゃ駄目ですからね」 「でも、コレ……」 「終わったら返しに来てください。今日中に。……やっぱり明日まで待てない」 「いや、だから……」 「ね?」 「……ハイ」 しっかりと念を押してから、北条は私の手を引いて歩き出した。 広場に戻ると、沢城さんが私の姿を見つけて、それから繋いだ手を見て苦笑した。 五分どころかその三倍はゆうに時間が過ぎていた筈で、北条と二人で謝ったのだけど、沢城さんは自分の腕時計を確認して、時間通りね、と頷いただけだった。そしてもう、そのことには触れなかった。 ただ、北条が帰った後、マフラーに目を留めてから、若いっていいわね、と言って笑った。 俯いた私は必然的にマフラーに顔を埋める形になった。僅かに北条の香りがする。 (――あとちょっと頑張って、ケーキを買ってから北条に会いに行こう。それでもう一度謝って、二人でケーキを食べて、それから明日、一緒にプレゼントを買いに行こう――) 顔を上げた私の鼻の上に、何か小さなものが落ちてきて、そして消えた。……雪だ。 「ホワイトクリスマスねぇ。ロマンティックだけど、外で仕事してる身には堪えるわー」 「……そうですね」 沢城さんの愚痴に応じながら、私は、マフラーの端っこをぎゅっと握り締めた。 |