ミニスカ・サンタ狂想曲 -3-



 


 しつこく声をかけてくる男から目を逸らした、その先に私は有り得ない姿を見つけた。人混みでも目立つ長身。眉を寄せた顔がはっきり見て取れた。

「北……条……? なんで」



 息を飲む。二人で暫し、見つめ合った。

「ねえ彼女。ケーキ買ってあげるからさ、仕事終わったら一緒に食べようよー」
「ウチはそんなサービスはやっておりませんの。買わなくていいからお引き取りくださいませ」

 沢城さんが男をあしらう声すら耳に届かない。しぶしぶ立ち去る男と入れ違いに北条が近づいてきて、私は思わず後ずさる。いらっしゃいませ、沢城さんが北条に声をかけた。



「ケーキはいかがですか?」
「ケーキじゃなくて、そっちの彼女ください」
「……彼女は売り物じゃないんですよ。ごめんなさいね」
「知ってます。売り物じゃないけど、彼女は僕のですから」



 そこで沢城さんは私を振り返った。

「鷹月、知り合い?」
「えっと……その、……彼氏……、です」

 小さな声でそう告白すると、沢城さんは首を傾げた。それから北条に向き直ると、告げた。

「今は仕事中なの。解るかしら」
「解ってます。だから」



 北条はカウンターの上にポケットから出したものを置いた。……百円玉が一枚。
 沢城さんは怪訝な表情を浮かべて北条を見た。

「……何のつもり?」
「五分だけ、彼女を貸してください。時給の時間割分には足りるでしょう?」






 北条の言葉に吹き出した沢城さんは、「五分だけだからね!」と言って私を送り出した。
 広場から一本向こうの通りは人気が少なかった。振り返った北条が真っ直ぐに私を見据える。その表情は不機嫌極まりない。

「言いたいことがあるなら、訊きましょうか」

 だけどその口振りにカチンときた。だから私はそっぽを向いた。

「別に、何もない」
「じゃあなんでバイトなんかしてるんですか」
「……したかったから」
「僕に黙って、僕を放っといて、ですか?」

 私は口を噤んだ。理由を言ったところで、納得してくれる気はしない。
 だけど今日の北条は、いつもよりずっと辛辣だった。



「僕を放っといて、こんな所で、こんな格好で、知らない誰かにケーキと媚を売ってる訳ですか」
「そ……っ、そんな言い草は無いだろう!」

 どこまでも冷たい声に、頭が、心が、そして声が一気に熱を帯びた。だけどその熱に北条はまた冷たい水を浴びせる。

「周りからそう見えるってこと、解らないんですか? さっきの男がいなくなったって、また次の男が来るんだ。……僕が紫サンが何をしてるのか知らない間に」
「違う! 私は、ただ……」



 北条の冷たい視線に堪えかねて、私は俯いた。……駄目だ。もう顔は上げられない。口も開けない。
 かなり長い間、沈黙が続いた。だけど本当は、そんなに長い間ではなかったのかも知れない。



「……わかりました。もういいです」

 そう言い捨てて、北条は踵を返した。



 ……強烈なデジャヴ。ああそうだ、つき合うようになる前に、しつこいナンパに対抗しようとして怒られた時に似ている。あの時は、自分の非に気づかなかった私を、かんなちゃんと志乃ちゃんが窘めてくれたっけ……
 そんなことを他人事のように考えている間に、北条は雑踏に飲み込まれていった。



 Ding、Dong。広場の鐘が鳴る。その音で私は我に返った。冷たい空気を肺いっぱいに吸い込むと、一気に頭がクリアになる。

 ――私は一体何をしてるんだ。
 これじゃ私は……

(……私は、あの時と、全然変わってないじゃないか……!)

 思うよりも早く、足が石畳を蹴った。北条が消えた後を追って、私は駆け出した。






 自分がどれだけ滑稽かと言うのは、振り返る人の数を数えたら判る。年の瀬の、慌ただしい人混みを縫うように、ミニスカートのサンタクロースが走っているのだから。
 だけど人の目なんて気にならない。北条を掴まえなきゃ、脳内を占めるのはただそれだけ。
 あの時もこの言葉を告げるのが遅くなった。『ごめん』。たった三文字の、たくさんの想いがこもった言葉。

(早く……少しでも早く伝えなきゃ)



 ――でも、すぐに途方に暮れた。
 北条の姿はどこにも見当たらない。そもそも彼が何故此処にいたのか、これからどこに行くのか、それすら解らないのだ。
 歩調を緩めて、ポケットから携帯を引っ張り出す。埋め尽くされた着信履歴は殆どが北条の名前だ。電波と言う見えない糸に縋って、私は通話ボタンを押した。

 呼び出し音がかなり続いた後、電話が繋がった。漏れ聞こえる微かな喧騒、でも北条の声は聞こえない。それでもいい、頼むから訊いてくれ。私は祈るように言葉を紡いだ。



「ごめん……ごめんな、北条。私はただ、お前を驚かせたくて……」
『…………』
「なのにそれでお前を傷つけるなんて、思いもしなかったんだ。ホントに、ごめん……」



 声が湿るのを抑えるだけで、精一杯だった。



「だから、お願い……。……嫌いに、ならないで……っ」


 
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