はあ。吐く息が白くなり、風は耳を刺すくらい冷たくなっていた。
しかし自分は感覚が鈍いのか、やっぱりいつもの白衣姿で裏庭で趣味と研究に没頭する。





タタタタと軽い音が聞こえて顔を上げれば丁度、佐伯志乃が旧校舎の裏庭に顔を出したところだった。
走って来たのか、小さな肩が大きく上下し、頬はいつも真っ白な彼女の肌を真っ赤に染めていた。

……別に自分は逃げたりしないのに。

自分の姿を確認した彼女はまたタタタタと軽音で駆けてきた。まるで小動物みたいだ。
その癖、存在感は在りすぎる。俺の中に。





「椎名先生、何だかキンモクセイに似た香りがしたんで、つい走って来ちゃいました。」
「……そんな息上がる程に、キンモクセイ好きだっけ?」
「……好きだけど、今日の終了式が終わったら、冬休みに入っちゃうもん。」

佐伯が自分から視線を反らして、拗ねる子どものように口を突き出した。
ああ、今日は25日、終了式か。
まあ俺に冬休みの感覚はないのだが、彼女は生徒だった。




彼女の細い腕を掴んで引いた瞬間、やはり彼女は思った角度で腕の中に転がり込んで来た。
驚き、藻掻こうとする彼女を寸前で両腕を回して動きを封鎖した。

ここで逃げられては感覚が戻ってきた自分が寒くて堪らない。

「……先生?」
「……寒いから。」

納得しない声が小さく届く。顔は見られたくないのか腕の中に隠されてしまった。

「そんな薄着……してるから、ですよ……。」
「……さっきまでは寒くなかったから。」
「……何ですか、それ。」

益々、納得の行かない声。

「……理由がないとダメ?」

その言葉に彼女の肩が小さく動いた。ボブの頭から見え隠れする耳が真っ赤だ。

この彼女を理由もなくこんな風に触れることが出来る特権が今、戻りつつある感覚と共に指先から温かさをくれる。
彼女がいるから俺の温度は戻るのだ。

12月の外は寒い、とても寒いよ。志乃。
初めて知ったよ。





大人しくなった彼女を見やれば、彼女の腕もいつの間にか、俺の背中へと回されていた。
頼りない華奢な腕も俺にとったら大きな居心地の良い場所へと変わる。
キュッと白衣を掴まれて、彼女は独り言か質問なのか、呟く。

「……キンモクセイの香りは結局錯覚だったのかな。」

そんなことを言いながら駆けてきたんだったな。でも強ち間違ってはいない。

「……その香りはそこの柊だろう。裏庭と裏山のフェンス代わりに植えてある、そこの木。柊はキンモクセイの花のように薫る。花はそろそろ終わり。」
「……へえ。柊ってクリスマスに使われるあのヒイラギですよね?」
「……そうらしいけど俺は、」
「「興味ない。」」

彼女の声が俺の声に重なる。
すると腕の中にいる彼女がくしゃっと笑った。今度は得意気な顔だ。目を見開く俺を見て小さく笑っている。

「知ってますよ、先生がクリスマスに関心がないことくらい。」
「……そうか。」
「だってアタシは……、」





俺は彼女の言葉が終わる前にその口を封鎖した。冷たい唇をまた同じく冷たい唇に重ねて。





今日はクリスマス。
柊が見ている中でのこんな過ごし方もありだろう。
……恋人同士ならば。







(二人の魔除けになるようにと、樹木もそう思う。)
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