仕事のオニ







家族総出で蒼お兄ちゃんのお店を手伝う事が決まった週末、蒼お兄ちゃんから集合命令が出された


「久しぶりに蒼ちゃんの店に来たな〜」
「毎回、自分勝手な人ですね」
「ん〜、いい匂い〜」


店の閉店後、ホールに集まったあたし達


「奏さん、悠さん、なのちゃん、ご足労おかけして申し訳ありません」
「いいよ〜。響ちゃんも大変だよね〜、いつも蒼ちゃんのフォローばっかりで」
「いつもご苦労様です」
「いいんですよ、これも仕事ですから」
「俺、響ちゃんをマヂで尊敬する」
「僕も同意見です」


あたしはホールにもう一つの人影を見つけた

「あー、夏恋さんだぁ」
「わぁ、なのちゃん?久しぶりね」
「会いたかったです」
「私もよ」


沢城夏恋さんはホールのチーフをしていて、仕事をバリバリこなす超綺麗な女性(ひと)

蒼お兄ちゃんと響お兄ちゃんの高校の同級生で、それからの長い付き合いになる


「なのちゃん、更に増して可愛くなったわね。もしかして、恋してる?」
「えへへ、超カッコいいダーリンに恋してます!」
「因みにその相手は俺〜♪」
「…奏くんも相変わらずな感じね」
「ご無沙汰してます、夏恋さん」
「うん、悠くんも立派になって」


あたしは久しぶりに夏恋さんに会えた嬉しさで、ある事を忘れていた

そう、彼女が仕事のオニだと言うことを………



「なのちゃん、それ違うから!何度言ったら分かるのかしら?それに悠くん、もう少し笑顔を見せて?真顔じゃ怖いわよ。逆にヘラヘラし過ぎよ、奏くん!いい年してチャラチャラしない。ほら、三人とも返事は?」
「「「はい…」」」


久しぶりの再会を喜んだのちに、クリスマスに向けての仕事内容や接客の仕方を夏恋さんから教わっている
そして、さっきから怒られてばかりいる…

あたしはただちょっと手伝いするだけなのに
細かい事までアレコレ言われて正直ちょっとウンザリしていた


「もう、なの休憩します!」

あたしはホールから逃げるように、蒼お兄ちゃんのいるキッチンへと走った


「あっ、なのちゃん待ちなさい」
「夏恋さん、もういいですよ。なのちゃんは仕事するのも初めてだし、好意で手伝ってもらってるのであまりキツイ事を言わないであげて下さい」
「結局、響くんもなのちゃんに甘いんだから。でも、色々言い過ぎたかしら…。私、なのちゃん見てくるわ」
「結局自分だって、なの姫には甘いじゃ〜ん」
「まあね、私なのちゃん大好きだし」
「またライバルが増えましたね」


あたしはキッチンで仕事をしている蒼お兄ちゃんを見つけた

でも、声を掛けるのを躊躇う程…真剣な顔をしていた
………凄い
お兄ちゃんだって真剣に頑張ってるんだ
あたしもお兄ちゃんの為に頑張らなくちゃ!
逃げ出した事を謝って、夏恋さんにお仕事教えてもらわなくちゃ

あたしはキッチンに背を向け、ホールに戻ろうとした所で声を掛けられた


「蒼くんの真剣な顔、レアでしょ?」
「…夏恋さん」
「普段はあんな感じでもケーキ作りをしてる時は別人な位、真剣なのよ」
「はい…」


もう一度蒼お兄ちゃんを見ると、ケーキと真剣に向き合ってるのが分かる


「大げさな言い方かもしれないけれど、一つ一つに魂を込めてる感じがする…」
「そう、なのちゃんの言う通りよ。いつもと変わりなく仕上がってるケーキでも、自分が納得しない物は絶対店頭に出さないの。おかげで私や従業員は体重増加で悩みまくりよ。なのちゃんはここのケーキ好き?」
「はい、大好きです!蒼お兄ちゃんが作るケーキが世界一好きです。…だから、ごめんなさい。あたし、ちゃんと頑張ります。だから、もう一度お仕事教えて下さい」

あたしは頭を下げた


「頭を上げて、なのちゃん。私もちょっとキツく言い過ぎたかなって思ってたから。私こそごめんね」
「夏恋さんは悪くないです。夏恋さんも仕事に真剣に向き合ってるだけですもん」
「もう、なんていい子なのかしら、なのちゃん」


夏恋さんに力強く抱きしめられた

「夏恋さん、ちょっと苦しいです…」
「みんながなのちゃんに惚れちゃうのが分かるわ」
「こらー!夏恋!なに人の物に勝手に触ってんだ!」


蒼お兄ちゃんがホイップクリーム片手に、激怒しながら近づいて来た


「なのちゃんは蒼くんのじゃないでしょーが!」
「なのは俺のだ!」
「なのはひーくんの物だから♪」
「その名前を出すなー!」


更に激怒した蒼お兄ちゃんが手に力を込めたせいで、廊下中にホイップクリームが撒き散らされ…
そのクリームがあたしの頭から顔、身体にもベッタリついた…


「ちょっと蒼くん、何やってるのよ!」
「なのが、なのが、クリームまみれ……。ヤバイ!萌えるっ!ぐはっ」
「バカじゃないの!なのちゃん、タオル持ってくるから待ってて」
「なの、ちょっとそのままな。えーと、ケータイケータイ」


蒼お兄ちゃんが慌ただしくキッチンに戻り、騒ぎを聞きつけたお兄ちゃん達が集まって来た


「うはー、本当になの姫クリームまみれ。エローい♪」
「奏兄さん頭おかしいんじゃないですか?」
「悠だって本当は堪らないだろ?クリームまみれのなの姫〜」
「呆れてものも言えませんね」
「悠はムッツリカッコつけマ〜ン」
「ちょっとそれは聞き捨てならないんですが!」


ケータイを手に、蒼お兄ちゃんが戻って来た


「…社長。まさかと思いますが、クリームまみれのなのちゃんを撮るおつもりじゃないでしょうね?」
「響、どけ!超お宝ショットが目の前にあるんだぞ」
「退きません。もし撮るなら通報しますよ」
「はあ?兄が妹の写メ撮ってなにがいけないんだ!」
「貴方の場合、撮る理由が不健全だからですよ!」
「ちょっと表でろ、響!」


あたしの目の前で大人四人がケンカを始めた
なんでいつもこうなっちゃうのかな…


でもみんなこんなんだけど、仕事となれば真剣で…、一生懸命で…、決して手を抜かない、仕事のオニとなる



仕事のオニ




「あなた達、何ケンカしてるのよ!なのちゃんについたクリーム取るのが先でしょ!」



夏恋さんに叱られている四人を見ながら、あたしは手に付いたクリームを味わっていた


「ん〜甘〜い♪」



よし!あたしも仕事のオニと化してケーキ売りまくっちゃうぞ♪




fin
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