![]() | ミニスカ・サンタ狂想曲 -2- |
長かった二学期も終わり、冬休みに入った。 店がやってる日は勉強を兼ねて手伝いに入るようにしているから、僕の休みは結構、忙しい。それでもその合間を縫って紫サンをデートに誘ったけれど、返事は『暫く忙しい』の一言だけ。 ……暫くって、いつまで? (紫サン、クリスマスどうするんだろう……) 初めてのクリスマスなんだから、できれば一緒に過ごしたい。忙しくても、少しでもいいから。 『クリスマス、時間取れませんか?』 そう訊いたメールには、イブの夜は大丈夫だと思う、と返事が返ってきた。それなのに当日の昼頃になって、ゴメン、都合つかなくなった、と言う謝罪メールが届いた。 明日はなんとかするからと言っていたけれど――その後、連絡はない。 (忙しいんなら、困らせちゃ駄目だよね) そう言って無理やり自分を納得させる。でも淋しい。やっぱり、淋しい。 だって、ほぼ毎日会っていたのに、もう四日、声も聞いてない。 「……どれだけ紫サンに依存してるんだろな、僕……」 ぽつりと呟いた声が、一人っきりの部屋に虚しく響いた。 それは本当に、たまたまで、偶然だった。 「ヒロ。暇ならクリスマスケーキでも取って来い」 クリスマスにスタッフにケーキを振る舞うのは、うちの店の習慣になっている。今年はいつもと違う店で予約したらしく、僕は二駅ほど離れたその店まで足を延ばした。 住所は駅に程近いビルの一階を示していた。クリスマス仕様の装飾が成された、派手だけどそれが嫌味にならない洒落た店。 『petite cerise nano』――それが店の名前だった。 「……って、読めないし。」 僕は父さんから貰ったメモと店名を照らし合わせて、間違いないことを確認してから店の扉を押した。 「いらっしゃいま……せ……?」 出迎えてくれたのはトナカイだった。 ……正確にはトナカイに扮装した、良く良く見知った顔。 お互いに沈黙。そして先に口を開いたのは僕だった。 「……下野……何してるの?」 「ほっほっ北条っ!? どうしてここに!?」 「僕はケーキを取りにきたんだけど、まさか下野がトナカイやってるなんて思いもよらなかったよ。……写メっていい?」 「ぜ・っ・た・い・ダ・メ・だ!」 「ちぇー。……はい予約カード」 メモと一緒に渡されたカードを差し出すと、下野はそれを受け取って、ブツブツ言いながら裏方へと消えた。入れ替わりに現れたミニスカサンタに僕は声をかけた。 「後で下野トナカイの写メ、メールしといてよ。吉野」 店の名前の最後の文字が、下野の姿を見て具現化したことで予想した通りの顔だった。 するとちょっとムッとしたような声で、吉野は訊いてきた。 「挨拶もなしとはご挨拶ね、北条くん。あたしたちがここにいるの、ビックリしないんだ?」 「いや、十分ビックリしたけど」 「北条くん、リアクション薄いー」 「誰も彼も吉野みたいなオーバーリアクションしないよ。ここ、吉野のお兄さんの店だったんだ」 「うん。毎度ありがとうございます♪」 「ところで何で下野まで居るの?」 「んー、成り行き?」 そうこう言っているうちに、トナカイが大きな箱を抱えて帰ってきた。うわ。結構な量あるな。 吉野が箱の中身と予約カードを照らし合わせている間に、今度は下野が訊いてくる。 「ところで北条、鷹月先輩には会ったのか?」 「紫サン? 紫サンは忙しいからって休みに入ってから会ってないけど……」 どうして下野がそんなことを訊いてくるんだろう。首を傾げた僕を見て、下野は眉をひそめた。 「……ひょっとしてお前、知らないのか?」 「何を?」 「あーっ! ひーくん言っちゃダメ!」 唐突に吉野が声を上げた。それで僕は気づいた。二人は、何か僕の知らないことを知っている。 そしてこういう場合、問い詰める相手は、下野ではなく吉野だった。 「吉野……何隠してるの?」 「知らない! 紫センパイが商店街でサンタコスしてケーキ売ってるなんて、あたし知らないんだから!」 「………………ふーん……」 忙しいと言っていた紫サン。 ……バイト、してたんだ。僕に内緒で。 秘密にされていた、その事実が胸をモヤモヤさせた。でもとりあえず会いたい。会って顔を見て、声を聴いたらきっと落ち着く筈。 「……ゴメン。あとで取りに来るから」 僕はサンタとトナカイにそう告げて、何も持たずに店を出た。 商店街のアーケードを暫く歩くと小さな広場があった。そこには仮設のテントがあって、そこで紫サンがもう一人のサンタ姿の女性と共にケーキを売っていた。 人混みに紛れて、四日ぶりの彼女を見つめる。 身体に沿ったラインの、サンタクロースの衣装を模したワンピースは、彼女に良く似合っていた。そもそも暗いトーンの格好を好む彼女が、今身に纏う赤い色は目新しい。でも、 (スカート短い……) それがまた男の目を引いているのかと思うと、モヤモヤが増した。 今彼女が相対しているのも若い男性客だ。やけに積極的に声をかけている男に、紫サンは引きつった、それでも笑顔で応じていた。 (……見たくない) モヤモヤがさらに増す。男がカウンター越しに紫サンに近づいて、彼女が視線を逸らした。その先に――僕がいた。 「北……条……? なんで」 目を見張った彼女の、喧騒に飲み込まれそうな小さな呟きが、確かに僕の耳に届いた。 |