ミニスカ・サンタ狂想曲 -1- |
「……足りない……」 私はもう何度目になるかわからないため息を吐いた。 私にとって、十二月という月は非常に物入りな月だ。 まず姉、それから弟。さらに仲の良い友人が三人。皆、十二月が誕生日なのだ。 つまり今月は誕生日を祝ってあげたい人が多いと言うことで――それは即ち懐具合の厳しさも意味する。暫く前からやりくりはしていたのだが…… ……クリスマスの存在をすっかり忘れていた。 私は別にクリスマスにロマンを覚える訳ではないし、どこぞの聖人君子の誕生日を讃えたい気もさらさらない。ないのだが…… 一応、北条とつき合い始めて初めてのクリスマスな訳で、せっかくなら北条がびっくりするようなプレゼントを用意したい。 それなのに。 「……どう考えても足りない……」 「何が足りないんですか?」 にゅっと、横から顔が出てきて驚いた。思考に没頭していたから、なのっちが部屋に入って来たのに気づかなかったのだ。……不覚。 「ああ……ちょっとな。今月は厳しくて……」 財布をしまいながら言葉を濁すと、なのっちはにんまりと笑った。音符入りの吹き出しが頭から出てきてる、ように見える。 「……何?」 「ちょーど良かった。紫センパイ、アルバイトする気ありませんか?」 「バイト? 何の?」 「高時給、好待遇の、女の子の憧れのお仕事です!」 ……物凄く胡散臭い。私はそう思った。 なのっちが紹介してくれたのは、彼女のお兄さんが経営するパティスリーの、繁忙期の短期バイトだった。 時給もいいし、皆良くしてくれる。お洒落なケーキ屋さんのお仕事は確かに『女の子』の憧れだ。なのっちの言葉は事実だったので、想像に反して、と思ったことを私は内心詫びた。 ただ―― 「どうしてミニスカートなのかだけが解せません」 「可愛いからだな!」 制服として渡された、赤が貴重のワンピースと三角形の帽子、つまるところミニ丈のサンタ服を見ながら訊いた私に、彼――吉野蒼はきっぱりと言い切った。 ……この人は間違いなくなのっちの兄だ。言動が妹そっくりだ。 彼は拳を握りしめて力説する。 「髭モジャのお爺さんからケーキを受け取るのと、可愛い格好した若い女の子からケーキを受け取るのと、どっちがいい?って考えた時、やっぱり後者がいいと君は思わないのかな?」 「この場合、重要なのはケーキでしょう? 別に誰から受け取ったって、ケーキの味が変わる訳じゃないし」 「そうだ。俺のケーキは世界一だ!」 ……世界一かどうかは知らないが、確かに彼の作るケーキは文句なく美味しかった。 「貴女の意見も一理ありますが、大多数の人はそうは思わないのですよ。見目麗しい、と言うのは、その大多数の顧客を取り入れる為に重要だと、社長は考えていらっしゃるのです」 「……そうなんですか」 「ええ。ケーキをデコレーションするのと同じだと考えて頂ければ解り易いかと」 蒼さんの言葉をフォローしたのは、店のマネジメントを勤める橘さんだ。最後の喩えは解り易かったので、私は素直に頷いた。 「それでは、仕事はこちらの沢城に付いて覚えてくださいね」 「Hi。私は沢城夏恋、売場のチーフよ。ビシバシやるから、ちゃんと覚えてね?」 「はい。宜しくお願いします」 「ん。良いお返事。じゃ早速、着替えてらっしゃい。更衣室はこっちよ」 沢城さんに案内された更衣室で、渡された制服を着てみる。制服のスカートよりずっと短い丈のワンピースはどうにも落ち着かない。下にスパッツを履いておいて良かった。 (ただ、この姿……北条にだけは絶対に見られないようにしないとな) ヤキモチ妬きの彼のこと、コスプレめいたこの制服姿を見られたら、理不尽な『お仕置き』をされる可能性は否めない。そもそもバイトしている理由が理由だから、できればバイトしていることも内密にしておきたい。 とはいえここは普段自分たちが出歩くテリトリーの範囲外で、最寄り駅からも二駅は離れている。 だから私は楽観視していたのだ。 まさか、北条に会うことはないだろうと―― |