VS -文芸部 対 下野聖- |
「新人戦が間近なんだ。今日はコッチに渡してもらいたい」 「ウチも校了間近なのにまだ原稿が上がってないんだ。そっちにやる気はさらさらないよ」 文芸部の部室前で火花を散らしているのは……弓道部期待の新人・下野聖と、文芸部の編集担当・鷹月紫である。 そして諍いの原因となっているのは―― 「止めて! あたしのために争わないでッッ!!」 「だからお前は空気を読め!」 聖の怒りの鉄拳が、おバカな発言をした吉野なのの頭上に落ちた。 「いったーい!」 「オンナノコに暴力を振るうなんて紳士的じゃないな下野君。そんなんじゃ到底なのは渡せない」 涙目になって頭を抑えるなの。そんな彼女を腕を伸ばして抱き寄せた紫は、聖に向かい挑発的にニヤリと笑ってみせた。男前な台詞に、なのが黄色い悲鳴を上げる。 「紫センパイ! そのセリフ素敵! もっと言って!」 「原稿書いたらいくらでも言ってあげるよ」 「ホントですかっ!?」 「だから今日は弓道部にと……」 やいのやいの。入口前の賑やかしい三つ巴を見ながら、文芸部員の佐伯志乃はため息をついた。隣の机で書類を纏めていた部長の相澤かんなに声をかける。 「下野君、頑張るよね。たしか彼、女の人苦手だって言ってなかった?」 「そうねえ。そんなこと言ってたわね、なのちゃんが」 「……ねえかんなちゃん、仲裁しないの?」 「別に放っておいて良いわよ。二足の草鞋を履くと決めたのはなのちゃんだから、どっちに重きをおくかを決めるのもなのちゃんだもの。そして責任もなのちゃんがとらないと。 ……ただ」 かんなは纏めた書類を抱えて立ち上がった。 「原稿を落としたら、承知しないから」 ニッコリ笑顔がやけに怖い。ついうっかりそれを見てしまったなのが身を竦ませた。 「あたしやっぱり今日は文芸部に……」 「お前そう言って昨日も一昨日もその前も弓道部来なかっただろ? 今日という今日は……」 「ハイハイ。なのは文芸部に出るって言ってるんだからお引き取りくださいな……ってあれ? かんなちゃんどこ行くの?」 「ちょっと生徒会室に書類を届けてくるわ。下野君ごめんね。そこ、通してくれる?」 足取り軽くかんなが部屋を出て行く。本気で仲裁する気はないらしい。 たしかにかんなの言葉に理がある。新人戦も原稿の締切もなのに課せられたものだ。紫はともかく聖は、なのの『出来ていない』とばっちりを受けているに過ぎない。だが。 志乃は大きなため息をついた。原稿が出来ていないのは彼女も同じで、いい加減静かな――とはいかないまでもいつもどおりの環境が欲しかった。 「……で、結局なのちゃんはどうするの?」 改めて問われると、なのは答えに窮したらしい。えーと、とか、あー、とか悩む声を出す彼女に紫が被せた。 「もちろん私たちと一緒がいいよね?」 なのを腕に抱き込み笑みを深める紫に、聖も売り言葉に買い言葉で言い募る。 「吉野お前……ソイツらと俺とどっちがいいんだ!?」 シーン。 ありきたりな擬音が聞こえそうなくらい、部室内に沈黙が落ちた。 ハッとした表情を見せる聖。自分がやらかしてしまったらしいことに気付き顔を真っ赤にした彼は、そのまま脱兎のごとく部屋を飛び出していった。 駆け去る足音が小さくなってから、堪えかねたように紫が吹き出した。 「あー。若いっていいなぁ」 「紫ちゃん……女子高生の台詞じゃないよそれ……」 つられて笑いながら志乃は尋ねた。 「ワザとでしょ」 「ん?」 「下野君がああ言うように仕向けたの」 「うん。真面目君をからかうのは楽しいよね」 悪戯好きの紫にとっては、堅物の聖もからかって遊ぶ対象らしい。志乃は肩をすくめた。 「遊ぶのは構わないけど、アレ、責任とってよね」 志乃の差す先には―― 「もう……下野君てば……」 聖の言葉に溶けたなのの姿が。 紫は笑いながら手をパタパタ振った。 「あーアレはちゃんと責任とるよ。それより下野は先輩に対する口のきき方がなってないな。次はちゃんと指導してやろう」 「……次はいいから、なのちゃんの原稿上げる方を頑張ってくれない?」 「はいはい。おーいなのっち、そろそろ帰ってこいやー」 なののほっぺたをピタピタ叩く紫を見ながら、志乃は小さく笑ってパソコンを立ち上げた。 とりあえず望んだ静かな環境を得られたので良しとしよう。……聖には悪いけど。 やがてキーボードをタイプするリズミカルな音が聞こえてきた。 文芸部は今日も通常営業である。 |